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111. エークセレンッ!

ー/ー



 この姿は……ヌチ・ギだ! ユータの心臓が大きく跳ねる。

「エークセレンッ!! お見事! それだよ!」

 アバドンはキザな仕草で警備兵の肩を叩いた。その声は甲高く、ヌチ・ギそのものだった。アバドンの変装の完璧さに、ユータは思わず息を呑む。

「ヌ、ヌチ・ギ様……?」

 警備兵の声が震える。その顔には驚きと畏怖の色が混ざっていた。

「今、屋敷の警備体制を抜き打ちチェックしてるのだよ。君の今の動き、良かったよ!」

 アバドンはヌチ・ギ特有の傲慢(ごうまん)さと優しさが絶妙に混ざった笑顔で笑いかける。

「きょ、恐縮です……」

 うれしそうにビシッと敬礼する警備兵。

「怪しいと感じたらまず連絡。基本を押さえたいい動き……。エレベーターの中まで入ってきたら殺されるかもしれないからな? 君の査定は高くしておこう! 君、所属と名前は?」

 アバドンは警備兵の肩に手を置き、腹心(ふくしん)の部下に語りかけるような親しみを込めて顔をのぞきこむ。

「はっ! 自分は第一分隊所属ハーヴェルです!」

 その表情には、思わぬ褒美に有頂天になった様子が見て取れた。

「ハーヴェル……いい名前じゃないか。なお、これは抜き打ち調査なので、他の人には話さないように……。分かったね?」

 ニッコリと笑うアバドン。

「は、はい! かしこまりました!」

 警備兵の返事は、弾むように力強い。その瞳には、ヌチ・ギへの忠誠心が燃えていた。

「では、私は屋敷に戻る。引き続き頼んだよ!」

 ツカツカとエレベーターに乗りこんだアバドンは、くるっと振り向いて警備兵ににこやかに笑った。

 どこまでもヌチ・ギそのものの演技に俺は感心せずにはいられない。

「では、扉、閉めさせていただきます!」

 警備兵はガチリとボタンを押しこむ。軋みながら閉じていく扉――――。

 その瞬間、九死に一生を得た安堵感が俺の胸に広がった。

 はぁぁぁ……。

 俺はアバドンをジト目でにらむ。その眼差しには、「危なかったぞ」という非難の色をこれでもかと込めておいた。

 アバドンはバツが悪そうな様子で頭をかく。それは、まるで悪戯を見つかった子供みたいに見えた。

「くしゃみは止められないんですよ……」

 アバドンは小声で謝る。

「まあ、なんとかなったからいいさ」

 俺は溜息まじりに答えた。


       ◇


 扉が閉まってしばらくすると、全身が浮き上がるような奇妙な感覚が全身を貫いた。まるで体が霧のように軽くなり、次の瞬間には別の場所へと引き寄せられるような不思議な感覚だった。屋敷の本館へ転送されたに違いない。俺は緊張で汗ばんだ手のひらをズボンで拭った。

 荷物受け取りの人と鉢合わせるとまずいので、ナイフを用意してタイミングを計る。ナイフの冷たい金属の手触りが、現実の危険を思い出させた。心臓の鼓動が早くなる。

 チーン!

 鳴る音と同時に、俺はエレベーターの奥をナイフで切ると確認もせずに飛び込んだ。

 うわぁ!

 いきなりまぶしい光に当てられ、爽やかな空気に包まれる――――。

 目が慣れてきて辺りを見回すと、目の前には鬱蒼(うっそう)とした森が広がっていた。サラサラと木々の葉が風にそよぐ音だけが辺りに満ちていた。

「こ、ここは……?」

 俺はいきなり広がる大自然の風景にたじろぐ。

 エレベーターはまるで地下鉄の出入り口のエレベーターのように、森を切り開いた敷地の境目にポツンと立っていたのだ。その不自然な光景に、俺は現実感を失いそうになる。



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 この姿は……ヌチ・ギだ! ユータの心臓が大きく跳ねる。
「エークセレンッ!! お見事! それだよ!」
 アバドンはキザな仕草で警備兵の肩を叩いた。その声は甲高く、ヌチ・ギそのものだった。アバドンの変装の完璧さに、ユータは思わず息を呑む。
「ヌ、ヌチ・ギ様……?」
 警備兵の声が震える。その顔には驚きと畏怖の色が混ざっていた。
「今、屋敷の警備体制を抜き打ちチェックしてるのだよ。君の今の動き、良かったよ!」
 アバドンはヌチ・ギ特有の|傲慢《ごうまん》さと優しさが絶妙に混ざった笑顔で笑いかける。
「きょ、恐縮です……」
 うれしそうにビシッと敬礼する警備兵。
「怪しいと感じたらまず連絡。基本を押さえたいい動き……。エレベーターの中まで入ってきたら殺されるかもしれないからな? 君の査定は高くしておこう! 君、所属と名前は?」
 アバドンは警備兵の肩に手を置き、|腹心《ふくしん》の部下に語りかけるような親しみを込めて顔をのぞきこむ。
「はっ! 自分は第一分隊所属ハーヴェルです!」
 その表情には、思わぬ褒美に有頂天になった様子が見て取れた。
「ハーヴェル……いい名前じゃないか。なお、これは抜き打ち調査なので、他の人には話さないように……。分かったね?」
 ニッコリと笑うアバドン。
「は、はい! かしこまりました!」
 警備兵の返事は、弾むように力強い。その瞳には、ヌチ・ギへの忠誠心が燃えていた。
「では、私は屋敷に戻る。引き続き頼んだよ!」
 ツカツカとエレベーターに乗りこんだアバドンは、くるっと振り向いて警備兵ににこやかに笑った。
 どこまでもヌチ・ギそのものの演技に俺は感心せずにはいられない。
「では、扉、閉めさせていただきます!」
 警備兵はガチリとボタンを押しこむ。軋みながら閉じていく扉――――。
 その瞬間、九死に一生を得た安堵感が俺の胸に広がった。
 はぁぁぁ……。
 俺はアバドンをジト目でにらむ。その眼差しには、「危なかったぞ」という非難の色をこれでもかと込めておいた。
 アバドンはバツが悪そうな様子で頭をかく。それは、まるで悪戯を見つかった子供みたいに見えた。
「くしゃみは止められないんですよ……」
 アバドンは小声で謝る。
「まあ、なんとかなったからいいさ」
 俺は溜息まじりに答えた。
       ◇
 扉が閉まってしばらくすると、全身が浮き上がるような奇妙な感覚が全身を貫いた。まるで体が霧のように軽くなり、次の瞬間には別の場所へと引き寄せられるような不思議な感覚だった。屋敷の本館へ転送されたに違いない。俺は緊張で汗ばんだ手のひらをズボンで拭った。
 荷物受け取りの人と鉢合わせるとまずいので、ナイフを用意してタイミングを計る。ナイフの冷たい金属の手触りが、現実の危険を思い出させた。心臓の鼓動が早くなる。
 チーン!
 鳴る音と同時に、俺はエレベーターの奥をナイフで切ると確認もせずに飛び込んだ。
 うわぁ!
 いきなりまぶしい光に当てられ、爽やかな空気に包まれる――――。
 目が慣れてきて辺りを見回すと、目の前には|鬱蒼《うっそう》とした森が広がっていた。サラサラと木々の葉が風にそよぐ音だけが辺りに満ちていた。
「こ、ここは……?」
 俺はいきなり広がる大自然の風景にたじろぐ。
 エレベーターはまるで地下鉄の出入り口のエレベーターのように、森を切り開いた敷地の境目にポツンと立っていたのだ。その不自然な光景に、俺は現実感を失いそうになる。