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助け舟

ー/ー



 落ち武者が刀を振り下ろしてきたから槍で受け止めてから横に流す。半身が右に逸れた落ち武者の隙を狙って槍を構え直し、踏み込んだ。

 刀を逸らし、横を狙うというのを繰り返し、次はきっと対策してくると思いながら距離を取る。
 裏をかこうと同じことを繰り返し続けたのに、同じように真っ直ぐ刀を向けてくる。

 私がなりふり構わず戦っているのに対し、落ち武者は剣道の試合のように同じ型を崩さなかった。違うのは、落武者の狙う場所が致命傷にはならなさそうな部分だということ。

 命がけの戦いなのに、手段を選んでいる。
 落ち武者からは余裕を感じるのに、私は苦戦している。

 一度逃げて鍛え直した方がいいだろうか。その場合どうなるんだろう……

 太刀風に吹き叩かれ、考えを巡らせていた私は目を覚ます。

 肩スレスレに振り下ろされ、死の恐怖から音を立てて息を吸い込んだ。

 すぐさま斬りこめば殺せるのに、何をするでもなく私を見つめる。

 そんな風に手加減されると逃げたくなくなる。
 二回程度の勝利で少しプライドが芽生え、せめて一突きくらいは食らわせたくなった。

 考えなしに首めがけて飛びかかると、ニヤリと笑って槍の下へ滑り込ませるように刀を振るう。

 なんとかして!
 それだけの思いで刀を飛び越え、やっと穂先が落ち武者の首に触れた。

「助太刀申す!」

 勢いのある声が聞こえてくる。やっとの思いでここまで来たのに横から棍棒が腕にめり込んで来た。

 あまりの痛みに軌道が逸れ、首の横を浅く抉っただけに終わる。

「多勢に無勢とは……卑怯な真似をするな!」

 おかげで深い傷を免れたはずの落ち武者は、刀の先を床に向け、助けに来たつもりの男を叱りつけた。
 その後の会話はまたノイズになってわからないけど、横から来た男は申し訳なさそうにしていた。

 一対一……こんな風に環境を整えられて逃げたくない。

 小男が下がり、落ち武者だけになった瞬間を見計らい飛び込む。

 不意打ちのような形になり、一対一にしてくれた相手に悪いなとも思ったけど何も言ってこない。これでおあいこということか。

 薄暗い中に刀が不自然に鋭く光り、刀からの圧に弾かれた私はありえないほど吹き飛んだ。

 投げ出された体を把握して、くるりと体を起こす。

 心なしか滞空時間も長い。普通なら思考が追いつかなくなるところ、着地を待たずに攻撃に移ることができるのだ。これも魔法の恩恵か……

 空中から落ち武者に飛びかかり、さっきと同じように真っ直ぐ首を狙う。それを払い除けようとする刀は体を浮かして飛び越え、腰を捻って右側へ回り込む。

 再びこちらへ刀を回してきたため、背を丸めてから蹴り飛ばすと、ボロボロの刀は限界が来ていたのか折れて床に落ちる。

 ボロボロの鎧は隙間だらけで、右肩の部分は千切れかかっていた。

 首の横側から貫くと、武士は兜の下で目を伏せた。
 恨みや怒りよりも、寂しさ、そしてどこか満足げな様子が伝わってきた。

「ああ……」

 棍棒を持つ腕を力なく下ろしながら嘆きの声を漏らす小男。
 感情に浸る時間を与えず、向き直って槍を撫でる。

 小男は機会を見計らっているのか動かない。
 らちがあかない。自分から向かい、小男の腕を叩きつける。

 感触がない。外したか。
 私は肩透かしを食い次の行動に移るのが遅れた。小男は姿勢を低くして飛び込むと健在だった腕で切りつけてきた。

 私が後ろへ退くよりも早く飛び込んできた。
 なら……さっきと同じように腕を叩きつけるそぶりを見せ、かわしたところで……

 踵を回し横へ叩きつけた。その時刺されたところが痛んだせいで勢いが薄れ、柄をぶつけただけだった。

 武器だけ見れば勝てそうなのに、勝ち筋が見えない。これが経験の差というものだろうか。

 一度撤退して今度にしよう。もう少し情報を集める必要がある。

 一目散に逃げたいところだけど、背中を見せれば後ろから仕留められるのでじりじりと退く。

 荷物は後で取りにこよう。
 体育館の扉に背をつけた。後ろ手を取手にかけた時……

 鍵が閉まっている!
 私の力不足でもなんでもなく扉はつっかえている。後ろへの逃げ道を失い血の気が引いた。

 この戦いで命を落とすかもしれない。死が間近に迫ると、不思議な覚悟が決まった。

 男が真っ向から向かってくる。私は槍の向きを逆向きにした。

 魔法を使って垂直に飛び上がり、空中で槍を軸に逆立ちして急降下、男の脳天を貫いた。男の体は床に崩れ落ち、私は着地する体勢を見失った結果足から強烈な痺れが駆け上ってきた。

 頭から落ちなかったのは幸運だけど、魔法で普段しないような動きをするとこういうことにもなる。明日は魔物退治を休んで練習にしよう。
 初日から勝ち続きで正直魔物を侮っていた。
 今日は朝霧たちにも一泡吹かせたからいつも以上に気分が上がっていた。

 これからも自分より弱い魔物ばかりなんて保証はないのに。魔物だって私のことを知れば対策も練るだろう。

 そんなことも考えなかった自分の馬鹿さ、弱さに落ち込みながら舞台袖の下に繋がる扉を開ける。
 使われないマットの上に置いていた荷物を背負い、鍵が開けられたままの裏口からそろっと出た。

 傷を気にしながらゆっくり歩いてなんとか校門を出たとき、傷口に張り付いている血の感覚がなくなった。

 見ると服についた血さえ消えていて、傷口はあざに変わっていた。

 学校さえ出れば止血できるのか。
 もし出血が激しくなったら学校を出よう。即回復できる手段があるなんてかなり有利な環境だ。

 もしかして、槍で刺した跡や死んだ魔物が消えるなら、あの五人を魔法で殺せば明日には元通り、または跡形もなく消えるのではないか。
 そんな考えが思い浮かび、つい笑みがこみあげてしまう。放課後にあいつらを呼び出して、試しに少し刺してみよう。明日になって治っていたら完全犯罪可能だ。
 こんなにすっきりすることってあるだろうか。

 早く願いを叶えたいから余計なことはしたくないけれど、我慢ならなくなったら検討しよう。

 夢の中のあいつはこんな環境を用意できるのに自分では戦わないのかしら。
 それでもわざわざ願いを叶えてまで頼むんだから魔物退治は重要なことなんだろうし、自分ではできない理由があるんだろう。

 あれ以降夢に出てこないから理由を聞くこともできないけど。
 あざを覗き込みながら考え込んでいると、横から三河と声をかけられる。

「沙良木……」

「三河、こんなところでぼーっとするなんて何かあった? ……そのあざ!」

 歩み寄って私の顔から視線を下げると、あざを認めた。

「歩くと痛む!? ちょっと僕の背中を使って!」

 私を背負おうとしてくれている。
 歩けないことはないけど、沙良木に甘えたい気分になったから大人しく従った。沙良木の柔らかい髪が頬に当たる。今日は寒くないのに伝わってくる体温が心地いい。

 沙良木の顔を後ろから眺めているばかりで周囲の景色にも気を留めなかった。沙良木が立ち止まってから、目的地は公園なんだと気付く。

「ありがとう」

「待っててね」

 私を下ろした後小走りでどこかへ向かう。
 申し訳ないと思いつつも、残った手の感触を思い返す。不謹慎かも知れないけど、私を背負っている時の強張った表情に心打たれた。

 沙良木はそれほど時間をかけずに保冷剤をそのまま掴んで戻ってきた。
 バーコードに貼られたシールから近所のドラッグストアで買ったものだとわかる。ハンカチを取り出すと見えるあざに保冷剤を当ててくれた。

「他にはない?」

「うーん、あるけど冷やすほど痛くないかな」

 これは嘘で、一番痛むあざは冷やしづらいところにある。

「残らないといいんだけど……僕のせいかな。やっぱり移るんじゃ」
「そんなことない。偶然よ」

 保冷剤を優しく当てる手が強張った。私はその上にそっと手を重ねて否定する。
 沙良木の長い前髪の下には傷跡がある。昔傷跡が原因でいじめられたから、容姿については人一倍気にする性格だった。

 沙良木と一緒にいると傷が移りそう。
 そんなことを言われて、今でも強迫観念に取り憑かれていた。

「きっとすぐに消えるわ。あざがあったって私が私であることには変わりない。もしも消えなくて他の人が離れていっても、沙良木がいてくれるならどうてことないわ」

 現に沙良木がいるから惨めな生活でも生きていたいと思える。
 自信を持って笑うと、安心したように微笑み返してくれた。


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 落ち武者が刀を振り下ろしてきたから槍で受け止めてから横に流す。半身が右に逸れた落ち武者の隙を狙って槍を構え直し、踏み込んだ。
 刀を逸らし、横を狙うというのを繰り返し、次はきっと対策してくると思いながら距離を取る。
 裏をかこうと同じことを繰り返し続けたのに、同じように真っ直ぐ刀を向けてくる。
 私がなりふり構わず戦っているのに対し、落ち武者は剣道の試合のように同じ型を崩さなかった。違うのは、落武者の狙う場所が致命傷にはならなさそうな部分だということ。
 命がけの戦いなのに、手段を選んでいる。
 落ち武者からは余裕を感じるのに、私は苦戦している。
 一度逃げて鍛え直した方がいいだろうか。その場合どうなるんだろう……
 太刀風に吹き叩かれ、考えを巡らせていた私は目を覚ます。
 肩スレスレに振り下ろされ、死の恐怖から音を立てて息を吸い込んだ。
 すぐさま斬りこめば殺せるのに、何をするでもなく私を見つめる。
 そんな風に手加減されると逃げたくなくなる。
 二回程度の勝利で少しプライドが芽生え、せめて一突きくらいは食らわせたくなった。
 考えなしに首めがけて飛びかかると、ニヤリと笑って槍の下へ滑り込ませるように刀を振るう。
 なんとかして!
 それだけの思いで刀を飛び越え、やっと穂先が落ち武者の首に触れた。
「助太刀申す!」
 勢いのある声が聞こえてくる。やっとの思いでここまで来たのに横から棍棒が腕にめり込んで来た。
 あまりの痛みに軌道が逸れ、首の横を浅く抉っただけに終わる。
「多勢に無勢とは……卑怯な真似をするな!」
 おかげで深い傷を免れたはずの落ち武者は、刀の先を床に向け、助けに来たつもりの男を叱りつけた。
 その後の会話はまたノイズになってわからないけど、横から来た男は申し訳なさそうにしていた。
 一対一……こんな風に環境を整えられて逃げたくない。
 小男が下がり、落ち武者だけになった瞬間を見計らい飛び込む。
 不意打ちのような形になり、一対一にしてくれた相手に悪いなとも思ったけど何も言ってこない。これでおあいこということか。
 薄暗い中に刀が不自然に鋭く光り、刀からの圧に弾かれた私はありえないほど吹き飛んだ。
 投げ出された体を把握して、くるりと体を起こす。
 心なしか滞空時間も長い。普通なら思考が追いつかなくなるところ、着地を待たずに攻撃に移ることができるのだ。これも魔法の恩恵か……
 空中から落ち武者に飛びかかり、さっきと同じように真っ直ぐ首を狙う。それを払い除けようとする刀は体を浮かして飛び越え、腰を捻って右側へ回り込む。
 再びこちらへ刀を回してきたため、背を丸めてから蹴り飛ばすと、ボロボロの刀は限界が来ていたのか折れて床に落ちる。
 ボロボロの鎧は隙間だらけで、右肩の部分は千切れかかっていた。
 首の横側から貫くと、武士は兜の下で目を伏せた。
 恨みや怒りよりも、寂しさ、そしてどこか満足げな様子が伝わってきた。
「ああ……」
 棍棒を持つ腕を力なく下ろしながら嘆きの声を漏らす小男。
 感情に浸る時間を与えず、向き直って槍を撫でる。
 小男は機会を見計らっているのか動かない。
 らちがあかない。自分から向かい、小男の腕を叩きつける。
 感触がない。外したか。
 私は肩透かしを食い次の行動に移るのが遅れた。小男は姿勢を低くして飛び込むと健在だった腕で切りつけてきた。
 私が後ろへ退くよりも早く飛び込んできた。
 なら……さっきと同じように腕を叩きつけるそぶりを見せ、かわしたところで……
 踵を回し横へ叩きつけた。その時刺されたところが痛んだせいで勢いが薄れ、柄をぶつけただけだった。
 武器だけ見れば勝てそうなのに、勝ち筋が見えない。これが経験の差というものだろうか。
 一度撤退して今度にしよう。もう少し情報を集める必要がある。
 一目散に逃げたいところだけど、背中を見せれば後ろから仕留められるのでじりじりと退く。
 荷物は後で取りにこよう。
 体育館の扉に背をつけた。後ろ手を取手にかけた時……
 鍵が閉まっている!
 私の力不足でもなんでもなく扉はつっかえている。後ろへの逃げ道を失い血の気が引いた。
 この戦いで命を落とすかもしれない。死が間近に迫ると、不思議な覚悟が決まった。
 男が真っ向から向かってくる。私は槍の向きを逆向きにした。
 魔法を使って垂直に飛び上がり、空中で槍を軸に逆立ちして急降下、男の脳天を貫いた。男の体は床に崩れ落ち、私は着地する体勢を見失った結果足から強烈な痺れが駆け上ってきた。
 頭から落ちなかったのは幸運だけど、魔法で普段しないような動きをするとこういうことにもなる。明日は魔物退治を休んで練習にしよう。
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 これからも自分より弱い魔物ばかりなんて保証はないのに。魔物だって私のことを知れば対策も練るだろう。
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 使われないマットの上に置いていた荷物を背負い、鍵が開けられたままの裏口からそろっと出た。
 傷を気にしながらゆっくり歩いてなんとか校門を出たとき、傷口に張り付いている血の感覚がなくなった。
 見ると服についた血さえ消えていて、傷口はあざに変わっていた。
 学校さえ出れば止血できるのか。
 もし出血が激しくなったら学校を出よう。即回復できる手段があるなんてかなり有利な環境だ。
 もしかして、槍で刺した跡や死んだ魔物が消えるなら、あの五人を魔法で殺せば明日には元通り、または跡形もなく消えるのではないか。
 そんな考えが思い浮かび、つい笑みがこみあげてしまう。放課後にあいつらを呼び出して、試しに少し刺してみよう。明日になって治っていたら完全犯罪可能だ。
 こんなにすっきりすることってあるだろうか。
 早く願いを叶えたいから余計なことはしたくないけれど、我慢ならなくなったら検討しよう。
 夢の中のあいつはこんな環境を用意できるのに自分では戦わないのかしら。
 それでもわざわざ願いを叶えてまで頼むんだから魔物退治は重要なことなんだろうし、自分ではできない理由があるんだろう。
 あれ以降夢に出てこないから理由を聞くこともできないけど。
 あざを覗き込みながら考え込んでいると、横から三河と声をかけられる。
「沙良木……」
「三河、こんなところでぼーっとするなんて何かあった? ……そのあざ!」
 歩み寄って私の顔から視線を下げると、あざを認めた。
「歩くと痛む!? ちょっと僕の背中を使って!」
 私を背負おうとしてくれている。
 歩けないことはないけど、沙良木に甘えたい気分になったから大人しく従った。沙良木の柔らかい髪が頬に当たる。今日は寒くないのに伝わってくる体温が心地いい。
 沙良木の顔を後ろから眺めているばかりで周囲の景色にも気を留めなかった。沙良木が立ち止まってから、目的地は公園なんだと気付く。
「ありがとう」
「待っててね」
 私を下ろした後小走りでどこかへ向かう。
 申し訳ないと思いつつも、残った手の感触を思い返す。不謹慎かも知れないけど、私を背負っている時の強張った表情に心打たれた。
 沙良木はそれほど時間をかけずに保冷剤をそのまま掴んで戻ってきた。
 バーコードに貼られたシールから近所のドラッグストアで買ったものだとわかる。ハンカチを取り出すと見えるあざに保冷剤を当ててくれた。
「他にはない?」
「うーん、あるけど冷やすほど痛くないかな」
 これは嘘で、一番痛むあざは冷やしづらいところにある。
「残らないといいんだけど……僕のせいかな。やっぱり移るんじゃ」
「そんなことない。偶然よ」
 保冷剤を優しく当てる手が強張った。私はその上にそっと手を重ねて否定する。
 沙良木の長い前髪の下には傷跡がある。昔傷跡が原因でいじめられたから、容姿については人一倍気にする性格だった。
 沙良木と一緒にいると傷が移りそう。
 そんなことを言われて、今でも強迫観念に取り憑かれていた。
「きっとすぐに消えるわ。あざがあったって私が私であることには変わりない。もしも消えなくて他の人が離れていっても、沙良木がいてくれるならどうてことないわ」
 現に沙良木がいるから惨めな生活でも生きていたいと思える。
 自信を持って笑うと、安心したように微笑み返してくれた。