チャプチャプ……と耳元で音がする。
それに、体がとても冷たい。
まるで、水に浸かっているような感覚だ。
ぼんやりしたまま横を見ると、よく知った顔がそこにあった。
おかしなことに、その顔面がやたらと黒く見える。
ここはどこだ……? 林……田口……ちくしょう、あいつら……
「体が動かん……くそっ、あの二人……!」
保健室でのことは、はっきりと覚えている。
例のいたずらの犯人は、きっと林と田口の二人に違いない。
肌に触れる外気と微風。広がる星空。硬いものの上に寝かされている感覚、水浸し……
そうか、ここはプールだ!
「おい! 田口! 林! こんなことをして、ただで済むと思うなよ! 出てこい!」
私は腹に力を込めて叫んだ。
それに驚いたように、桐崎の体がびくりと動いた。
「その状況で、よくそんなに強気な態度がとれるもんだね……やっぱ頭悪いんだ」
不意に視界に入ってきたのは、黒縁眼鏡に二つに結いた長い髪、緑のジャージだった。
まさか……ほんとにいたのか……しかし、声がおかしい。まるでヘリウムガスを吸ったような声だ。
ジョロジョロ、と額に水がかけられる。
無表情の女子生徒が、ジョウロで私の顔に水をかけているのだ。
「ブハッ、や、やめなさい!」
「もう逃げられないよ。もし逃げたら、埋められちゃうよ……松田智子さんみたいに」
「は、ははは! 何も知らないくせに! あの女は生きてる! 監禁されてるんだ、私が雇ってる奴らにな!」
あ、しまった。つい言ってしまった。
ひゅう、と吹く風が体にしみる。
すっかり濡れた服が気持ち悪いし重いし、ものすごく冷たい。あ、また腹が痛くなってきた……
「これ、見覚えあるでしょう?」
女子生徒が見えなくなったと思ったら、今度は林だ。
ぶらりと鼻先にぶら下げられたのは……なんだ? あのキーホルダーじゃない……こんなの見た記憶が……
「これ、松田さんの傘についていたアンブレラマーカーです。手編みの……もちろん、松田さんの手編みですよ」
アンブレラ……マーカー……だと……うっ、腹が……
「そ、その話は後だ! 腹が痛いんだ! 縄をほどけ!」
「松田さん、生きてるんですね?」
くそう……ここまで来て……
「さっき言った通りだ! 頼む、内密にしてくれたら金をやるから……な、縄をほどいてくれ……た、田口はいないのか!」
びしゃびしゃと、顔に水がかかる。
「ブハッ!」
「お金が大事じゃないとは言わないよ。だけど、人の心も大事だろ? あんた先生なのに、そんなこともわからないのかい?」
林の目が冷たく歪む。
心……だって?
「心なんてもんは、金を引き出す為の道具だ! 桐崎の嫁のようにな!」
はあ、と深いため息を吐き、林は隣の桐崎の元に向かった。
「だってよ……あんた、今の言葉を聞いて、なにも思わない? ちなみに、あんたのその顔の落書き……全部幸恵さんが書いたものだよ……あんたたち二人、彼女をどれだけ傷つけてきたか……まあ、人の心をなくした阿呆どもには、なにを言っても響かないか……」
ゲホゲホ、っという桐崎が咳き込む音が聞こえる。
「お金ならいりませんよ……間に合ってますからね。あ、警察には田口先生から通報してもらいましたから、すぐに連行されるでしょう。その前にプールの水かさを増やしたいところですけど、そうすると確実に息の根止まっちゃいますから、我慢しますよ。じゃ、私はこれで」
「あ、おい、待て! 話し合おう、林……林先生!! 桐崎、お前もなにか言え!」
あ、駄目だ。もう、遠くからサイレンの音が近づいてくる。
言い逃れは……できないか……
金があっても……
金さえあれば無敵だと信じていた、つい最近までの自分が途端に滑稽に思えてきた。
心か……そんなものがあったのは……なくしたのは……いつだったろうか?
もう、思い出せない……
チャプチャプという水音とサイレンの音を聞きながら、私は星空をじっと見つめていた。
腹に生じる差し込むような痛みを、懸命に誤魔化しながら。