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19.泣く子と獅子には勝てぬ 6

ー/ー



 少し買い物をして、レオの部屋についたのは、すっかり暗くなってからだだった。
それは下町と言うでもない、街の外れにある立方体の無機質な建物が並ぶ空間で、ジャポネスク・シティの雰囲気からも逸脱している不思議な区画だった。閑散とした通りには他にも似たような建物が並んでいる。人影はなかった。
 自分の街にこんな場所があることをムツミは初めて知った。
「お邪魔します……」
 少しだけ躊躇いながらムツミは中に入った。ムツミの部屋と違い、靴のままである。
「本当に何にもないね」
 部屋は広いが大きくガランとしており、むき出しの壁に囲まれた一間だけの、外観と大して違わない空間だった。奥の方に巨大な寝台が見える。秋も深いというのに、薄いシーツが懸っているだけだ。枕すらない。いくら完全に空調が効いているからと言って、これはないだろう。
 おっきなベッド……ここでレオ君が寝てるんだ……って!
 何をじっとベッドを鑑賞しているのかと、ムツミは慌てて目を逸らせた。
「お……お茶でも淹れよっか……キッチン使うね」
 振り向くと手前の一角はキッチンになっている。最新式の設備が整っているが、戸棚の食器も含めて使った形跡は見られない。最低限の備品や調理器具は備え付けのものらしかった。
 大きな冷蔵庫があるにはあるが、食物と言えるものは何も入っていなかった。並んでいるのは水のボトルだけだ。
「……レオ君いつもご飯どうしてるの?」
「外で……」
 野人の主食は肉である。それも血が滴るくらいの新鮮な生肉であるとは、口が裂けても今は言えない。
 ただ、レオは野人にしてはわりと悪食(あくじき)で、火を通せば野菜も食べるし、甘味が好きだったりもする。だがはやはり主食は肉なのだ。獣の匂いも生々しい柔らかい塊にかぶりつき、強い犬歯で噛みちぎって貪るのが野人の食事作法なのである。
「適当に喰ってる」
 レオがほっとしたことにはムツミはそれ以上追及してこなかった。
 お店で買ってきてよかったと呟きながら、嬉しそうにお茶を淹れたり菓子を切ったりしている。その姿を見ているだけでレオは胸がいっぱいになった。
 これは俺のつがい、俺だけのおんな――ムツミ……むっちゃん!
「きゃ! ど、どうしたの?」
 巨大生物にいきなり後ろから抱きつかれ、ムツミは動けなくなった。
「ムツミ」
「お湯があるのに……危ないよ!」
 その言葉にレオはスイッチを切って沸騰しかかった湯からムツミを離すと、そのままムツミを抱き上げる。ぷらりと足が浮き、片方の靴が脱げた。
「あの……レオ君?」
 腕から(じか)にムツミの動揺が伝わってくる。これは何もしないと言ったことに反してしまうのだろうか?
 だけど、堪えきれない。
 生理的な欲求を我慢するのはなんとかできても、この愛しさを抑えることは到底――ああ。
「好き」
「あ……」
 色っぽく掠れた低音にムツミの肩が震えた。
「ムツミが好きだ」
「……」
「ムツミは俺をどう思ってる?」
 ムツミを抱き上げたままレオは重ねて聞いた。
「俺は野人だ、人間じゃねぇ。言っただろう?」
「うん……でもそんなの関係ない。レオ君はレオ君」
「本当か? ムツミは俺が頼むから友だちになってくれたけど、いろいろ変なことばっかりしてるから、ほんとはもう嫌になったりしてねぇか?」
 抱いているのはレオの方なのに、自分の胸に頬を押し付けて心配そうに擦り寄ってくるので、なんだか不思議な気分になる。ムツミは腕を伸ばし、そっと金色の頭を包んだ。
「ない! 嫌なんかじゃない。野人だろうが人間だろうが、嫌な人と友だちになったりしないよ。絶対。それだけは確かだよ」
「……ほんとうか?」
 なんて目で見つめてくるの……
「本当です! 私、レオ君はすごいと思う!」
「強いし、きれいだし……それに優しくて……こんなに素敵な人が、私なんかの友だちでいいんだろうかって思ってた」
「俺たちは……ずっと友だちなのか?」
「……あ」
 いくらムツミが鈍感でも、レオが自分を好いてくれていることはとっくに察していた。だが、それがほんの一時の感情ではないという事に確信が持てないでいる。それは自分に自信が無いことの裏返しであると同時に、レオの存在が卓越していて異質であるという事だった。
 自分は人間でレオは野人である。つまり種が違う。
 それは厳然たる事実であった。
 二人はこのまま進んでいけるのだろうか?
 ムツミの揺らめきをレオは見逃さない。
「人間にだって友だち以上のつがなりがあるだろう? 俺……ムツミとそうなりたい」
「……」
「ムツミが好きだ」
「レオ君……」
 繰り返される素直な言葉。ムツミは絶句する。
 熱情を込めて自分を見つめる金色の瞳から目を逸らせない。
 好き。
 彼は最初からそう言っていた。
 自分が好きだと。
 だから友だちになって欲しいと。
 それはムツミがかつて、初めて恋した異性に言った言葉だった。
 その恋は惨めに敗れた。その異性はムツミをいいように利用しただけだった。
 だからその直後に同じ言葉をレオから言われても、ムツミは自分の無残な初恋と被らせてしまい、知らず知らずの内にその言葉を封印していたのかもしれない。
 私ずっと気づかない振りをしていた? 
 このあまりに純粋な好意に、ひたむきな態度に。
 都合のいい時だけ甘えて。
 利用していたのはもしかして私?
「レオ君……レオ君、私、私ね……」
「俺、ムツミが好きで好きで堪らねぇ……最初見た時、脳天ぶん殴られたようになって、それからずっとムツミの事だけ考えてる」
 金の瞳が揺らいだ。
「でも、俺はこんな野人で……ムツミに相手にされる資格はねぇかもなのに……でも俺」
「私も好き!」
 ムツミは急いで言った。もうこれ以上彼に切ない告白をさせてはだめだと思った。
 レオの瞳が大きくなる。その中に実習中の子どもたちの姿が浮かんだ。先輩教師、男の子、女の子、ジュンヤ、キヨシたちの姿が。
 いつまでも知らないふりをしてはいけない。この傷つきやすい人を前に。
「私も……私もね、レオ君のこと好き。友だち以上に好き。だって、大学で沢山の女の子に囲まれてたり、実習じゃあミドリノ先生が親しくしているの見て、いやぁな気持ちになったもん。深く考えないようにしてたけどこれって焼きもちだって思うんだ」
 照れくささに追いつかれないようにムツミは早口で言った。
「ヤキモチ?」
「うん焼きもち。好きな人が他の人と仲良くしてるの見たら感じる気持ち」
「ああ、よく分かる。俺毎日ヤキモチしているから。ムツミが仲良くする相手は、例え子どもだって本当は嫌だった。でも我慢した」
「そっか……」
 ムツミは言った。
「ムツミ」
「はい?」
「ほんとうに俺が好き?」
「好き。レオ君のこと好き」
「……」
 レオはぎゅうっとムツミの胸の間に顔を埋めた。
「良かった。ムツミに嫌われたら俺、生きていけない」
「好きだよ」
「もいっかい、言って」
「好き」
「俺も好き、大好き」
 レオはため息をつくように言った。
「でもさ、そろそろ下してくれない?」
 ムツミはもじもじと足を(よじ)った。子どもみたいにレオの腕に腰を掛けている状態なのだ。
「あ……うん」
 レオは素直にそっとムツミを下そうとしたが、床にはソファーも絨毯も何もなく、むき出しのままなのだ。ムツミの靴は向こうに転がっている。これでは足が冷えるだろう。
 レオは奥の寝台の上にそっとつがいを下した。少なくとも床よりはマシだと、そう思って。
「ああああのレオ君?」
 ムツミの声は震えた。まだそこまでの心構えはできていない。
「ん? 寒い?」
「寒くはないけど、これってベッドだよね?」
「ベッドだ」
「あの……その……」
「今度椅子を買ってくる。今はここで辛抱してくれ。固くて座りにくいだろうけど」
 もじもじしているムツミの焦りをレオは別に解釈したようだった。
 良かった、いつものレオ君だ。
 相変わらず微妙にずれている。ムツミの緊張は少し解れた。
「あ……はい。ダイジョウブデス」
 自意識過剰だとムツミは照れて笑ったが、逆に今度はそれが野人を刺激してしまった。
 かっ、かわいい……!
 ぎしり、とマットレスが沈んだ。レオが片膝をめり込ませたのだ。おっと、とよろける体がさっと抱きとめられる。その腕に縋ってムツミが見上げると至近距離で視線がぶつかった。
「あの……ムツミ?」
 ち、近い。近いよレオ君、座らせてくれただけじゃなかったの?
「な、なぁに?」
 戸惑うムツミに、いつもの配慮を忘れてレオはもぐもぐと言った。
「……俺、ムツミの口を吸いたい。吸ってもいい? 嫌だったら今すぐ言って……俺、我慢する」
「……口吸うって」
 キスの事よ……ね?
 表現が露骨すぎるだろう。ひりつく頬の感覚。
「ムツミ?」
「ふわっ」
 低く甘い声で囁かれてムツミの思考回路はオーバーヒート寸前だ。後先考えずにムツミはこくこくと頷いた――瞬間、顎が掬い上げられた。
「んっ」
 野人の唇が思いきりムツミのそれを吸い上げている。
 ちゅうううう――
 ひっ! な、何これ……!?
 息もできない。体が動かない。
 頭の中は真っ白になった。
 まるで飲み込まれるかのようにきゅうきゅうと貪られている。技巧も何もあったものではない。ないがしかし――
 体が熱くなる。頭の芯が痺れる。ムツミは意識が次第に遠のくのを感じた。
「ムツミッ!」
 ぐったりとしたムツミにさすがに異常を感じたのか、レオが慌てて体を離す。
「ふはっ! はっは~」
「す、済まん! 大丈夫か! 俺加減が分からなくて……」
「だっ……大丈夫……多分」
 刺激の強さに涙目になっていたが、健気にもムツミは微笑んで見せた。
「ちょ、ちょっとびっくりしただけで……はぁ……あ、そっか。息は鼻からしたらいいのか」
 息を上げながらも妙に冷静な自分に苦笑が漏れる。それが野人の理性を吹っ飛ばすとも知らずに。
「ムツミ……可愛い。可愛すぎる……舐めてもいい?」
 言うなりレオは、ぺろりとムツミの唇を舐めた。
「へ? な、舐め?」
 そのまま野人はぺろぺろと唇やその周辺を無心に舐めている。
「好き、すきすきすき……ムツミ、むっちゃん……」
 ひええええ! し、舌熱い! 濡れる!
「れ、レオ君?」
「うん?」
「わ、私キスって初めてなんだけど、こういうもんなの?」
「……」
 レオは黙った。ムツミは覚えていないが、彼女が風邪を引いた時、レオは風邪をうつしてもらおうと、眠っているムツミの唇を好き放題蹂躙した事があるのだ。しかし、ここでその事を打ち明けるのは拙いだろう。流石のレオもそのくらいは見当がついた。
「もしかして……嫌か?」
「だってでべたべた……あんまり具合がよくないわ」
 唇の周りをてらてら光らせながらムツミは苦笑した。
「でも、レオ君だから嫌じゃない。だけどもう少しだけ控えめにしてね。それから服は脱がさないでね」
「分かった」
 天にも昇る気持ちとはこういう事を言うのだろうと、野人は思った。
 
 それが、ムツミとレオが友だちから恋人に昇華した瞬間だった。
 
 



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それは下町と言うでもない、街の外れにある立方体の無機質な建物が並ぶ空間で、ジャポネスク・シティの雰囲気からも逸脱している不思議な区画だった。閑散とした通りには他にも似たような建物が並んでいる。人影はなかった。
 自分の街にこんな場所があることをムツミは初めて知った。
「お邪魔します……」
 少しだけ躊躇いながらムツミは中に入った。ムツミの部屋と違い、靴のままである。
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 おっきなベッド……ここでレオ君が寝てるんだ……って!
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「お……お茶でも淹れよっか……キッチン使うね」
 振り向くと手前の一角はキッチンになっている。最新式の設備が整っているが、戸棚の食器も含めて使った形跡は見られない。最低限の備品や調理器具は備え付けのものらしかった。
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「……レオ君いつもご飯どうしてるの?」
「外で……」
 野人の主食は肉である。それも血が滴るくらいの新鮮な生肉であるとは、口が裂けても今は言えない。
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 レオがほっとしたことにはムツミはそれ以上追及してこなかった。
 お店で買ってきてよかったと呟きながら、嬉しそうにお茶を淹れたり菓子を切ったりしている。その姿を見ているだけでレオは胸がいっぱいになった。
 これは俺のつがい、俺だけのおんな――ムツミ……むっちゃん!
「きゃ! ど、どうしたの?」
 巨大生物にいきなり後ろから抱きつかれ、ムツミは動けなくなった。
「ムツミ」
「お湯があるのに……危ないよ!」
 その言葉にレオはスイッチを切って沸騰しかかった湯からムツミを離すと、そのままムツミを抱き上げる。ぷらりと足が浮き、片方の靴が脱げた。
「あの……レオ君?」
 腕から|直《じか》にムツミの動揺が伝わってくる。これは何もしないと言ったことに反してしまうのだろうか?
 だけど、堪えきれない。
 生理的な欲求を我慢するのはなんとかできても、この愛しさを抑えることは到底――ああ。
「好き」
「あ……」
 色っぽく掠れた低音にムツミの肩が震えた。
「ムツミが好きだ」
「……」
「ムツミは俺をどう思ってる?」
 ムツミを抱き上げたままレオは重ねて聞いた。
「俺は野人だ、人間じゃねぇ。言っただろう?」
「うん……でもそんなの関係ない。レオ君はレオ君」
「本当か? ムツミは俺が頼むから友だちになってくれたけど、いろいろ変なことばっかりしてるから、ほんとはもう嫌になったりしてねぇか?」
 抱いているのはレオの方なのに、自分の胸に頬を押し付けて心配そうに擦り寄ってくるので、なんだか不思議な気分になる。ムツミは腕を伸ばし、そっと金色の頭を包んだ。
「ない! 嫌なんかじゃない。野人だろうが人間だろうが、嫌な人と友だちになったりしないよ。絶対。それだけは確かだよ」
「……ほんとうか?」
 なんて目で見つめてくるの……
「本当です! 私、レオ君はすごいと思う!」
「強いし、きれいだし……それに優しくて……こんなに素敵な人が、私なんかの友だちでいいんだろうかって思ってた」
「俺たちは……ずっと友だちなのか?」
「……あ」
 いくらムツミが鈍感でも、レオが自分を好いてくれていることはとっくに察していた。だが、それがほんの一時の感情ではないという事に確信が持てないでいる。それは自分に自信が無いことの裏返しであると同時に、レオの存在が卓越していて異質であるという事だった。
 自分は人間でレオは野人である。つまり種が違う。
 それは厳然たる事実であった。
 二人はこのまま進んでいけるのだろうか?
 ムツミの揺らめきをレオは見逃さない。
「人間にだって友だち以上のつがなりがあるだろう? 俺……ムツミとそうなりたい」
「……」
「ムツミが好きだ」
「レオ君……」
 繰り返される素直な言葉。ムツミは絶句する。
 熱情を込めて自分を見つめる金色の瞳から目を逸らせない。
 好き。
 彼は最初からそう言っていた。
 自分が好きだと。
 だから友だちになって欲しいと。
 それはムツミがかつて、初めて恋した異性に言った言葉だった。
 その恋は惨めに敗れた。その異性はムツミをいいように利用しただけだった。
 だからその直後に同じ言葉をレオから言われても、ムツミは自分の無残な初恋と被らせてしまい、知らず知らずの内にその言葉を封印していたのかもしれない。
 私ずっと気づかない振りをしていた? 
 このあまりに純粋な好意に、ひたむきな態度に。
 都合のいい時だけ甘えて。
 利用していたのはもしかして私?
「レオ君……レオ君、私、私ね……」
「俺、ムツミが好きで好きで堪らねぇ……最初見た時、脳天ぶん殴られたようになって、それからずっとムツミの事だけ考えてる」
 金の瞳が揺らいだ。
「でも、俺はこんな野人で……ムツミに相手にされる資格はねぇかもなのに……でも俺」
「私も好き!」
 ムツミは急いで言った。もうこれ以上彼に切ない告白をさせてはだめだと思った。
 レオの瞳が大きくなる。その中に実習中の子どもたちの姿が浮かんだ。先輩教師、男の子、女の子、ジュンヤ、キヨシたちの姿が。
 いつまでも知らないふりをしてはいけない。この傷つきやすい人を前に。
「私も……私もね、レオ君のこと好き。友だち以上に好き。だって、大学で沢山の女の子に囲まれてたり、実習じゃあミドリノ先生が親しくしているの見て、いやぁな気持ちになったもん。深く考えないようにしてたけどこれって焼きもちだって思うんだ」
 照れくささに追いつかれないようにムツミは早口で言った。
「ヤキモチ?」
「うん焼きもち。好きな人が他の人と仲良くしてるの見たら感じる気持ち」
「ああ、よく分かる。俺毎日ヤキモチしているから。ムツミが仲良くする相手は、例え子どもだって本当は嫌だった。でも我慢した」
「そっか……」
 ムツミは言った。
「ムツミ」
「はい?」
「ほんとうに俺が好き?」
「好き。レオ君のこと好き」
「……」
 レオはぎゅうっとムツミの胸の間に顔を埋めた。
「良かった。ムツミに嫌われたら俺、生きていけない」
「好きだよ」
「もいっかい、言って」
「好き」
「俺も好き、大好き」
 レオはため息をつくように言った。
「でもさ、そろそろ下してくれない?」
 ムツミはもじもじと足を|捩《よじ》った。子どもみたいにレオの腕に腰を掛けている状態なのだ。
「あ……うん」
 レオは素直にそっとムツミを下そうとしたが、床にはソファーも絨毯も何もなく、むき出しのままなのだ。ムツミの靴は向こうに転がっている。これでは足が冷えるだろう。
 レオは奥の寝台の上にそっとつがいを下した。少なくとも床よりはマシだと、そう思って。
「ああああのレオ君?」
 ムツミの声は震えた。まだそこまでの心構えはできていない。
「ん? 寒い?」
「寒くはないけど、これってベッドだよね?」
「ベッドだ」
「あの……その……」
「今度椅子を買ってくる。今はここで辛抱してくれ。固くて座りにくいだろうけど」
 もじもじしているムツミの焦りをレオは別に解釈したようだった。
 良かった、いつものレオ君だ。
 相変わらず微妙にずれている。ムツミの緊張は少し解れた。
「あ……はい。ダイジョウブデス」
 自意識過剰だとムツミは照れて笑ったが、逆に今度はそれが野人を刺激してしまった。
 かっ、かわいい……!
 ぎしり、とマットレスが沈んだ。レオが片膝をめり込ませたのだ。おっと、とよろける体がさっと抱きとめられる。その腕に縋ってムツミが見上げると至近距離で視線がぶつかった。
「あの……ムツミ?」
 ち、近い。近いよレオ君、座らせてくれただけじゃなかったの?
「な、なぁに?」
 戸惑うムツミに、いつもの配慮を忘れてレオはもぐもぐと言った。
「……俺、ムツミの口を吸いたい。吸ってもいい? 嫌だったら今すぐ言って……俺、我慢する」
「……口吸うって」
 キスの事よ……ね?
 表現が露骨すぎるだろう。ひりつく頬の感覚。
「ムツミ?」
「ふわっ」
 低く甘い声で囁かれてムツミの思考回路はオーバーヒート寸前だ。後先考えずにムツミはこくこくと頷いた――瞬間、顎が掬い上げられた。
「んっ」
 野人の唇が思いきりムツミのそれを吸い上げている。
 ちゅうううう――
 ひっ! な、何これ……!?
 息もできない。体が動かない。
 頭の中は真っ白になった。
 まるで飲み込まれるかのようにきゅうきゅうと貪られている。技巧も何もあったものではない。ないがしかし――
 体が熱くなる。頭の芯が痺れる。ムツミは意識が次第に遠のくのを感じた。
「ムツミッ!」
 ぐったりとしたムツミにさすがに異常を感じたのか、レオが慌てて体を離す。
「ふはっ! はっは~」
「す、済まん! 大丈夫か! 俺加減が分からなくて……」
「だっ……大丈夫……多分」
 刺激の強さに涙目になっていたが、健気にもムツミは微笑んで見せた。
「ちょ、ちょっとびっくりしただけで……はぁ……あ、そっか。息は鼻からしたらいいのか」
 息を上げながらも妙に冷静な自分に苦笑が漏れる。それが野人の理性を吹っ飛ばすとも知らずに。
「ムツミ……可愛い。可愛すぎる……舐めてもいい?」
 言うなりレオは、ぺろりとムツミの唇を舐めた。
「へ? な、舐め?」
 そのまま野人はぺろぺろと唇やその周辺を無心に舐めている。
「好き、すきすきすき……ムツミ、むっちゃん……」
 ひええええ! し、舌熱い! 濡れる!
「れ、レオ君?」
「うん?」
「わ、私キスって初めてなんだけど、こういうもんなの?」
「……」
 レオは黙った。ムツミは覚えていないが、彼女が風邪を引いた時、レオは風邪をうつしてもらおうと、眠っているムツミの唇を好き放題蹂躙した事があるのだ。しかし、ここでその事を打ち明けるのは拙いだろう。流石のレオもそのくらいは見当がついた。
「もしかして……嫌か?」
「だって《《よだれ》》でべたべた……あんまり具合がよくないわ」
 唇の周りをてらてら光らせながらムツミは苦笑した。
「でも、レオ君だから嫌じゃない。だけどもう少しだけ控えめにしてね。それから服は脱がさないでね」
「分かった」
 天にも昇る気持ちとはこういう事を言うのだろうと、野人は思った。
 それが、ムツミとレオが友だちから恋人に昇華した瞬間だった。