第29話 選択する晶
ー/ー 林優希。
まさか。
こんなところであいつに会うなんて……
いや、林という苗字も優希という名前も、たいして珍しい名前じゃない。
もしかしたら、別人かもしれない。
私や正美がよく知っている優希とは。
『男として生まれたけど、心は女なんだって』
つい先程サラから聞いた、保健室の林先生の特徴。
それは、高二の夏に私と正美の前で語った優希の言葉と同じものだった。
『俺は、見た目は男だけど……心は女なんだ』
あの日、私を好きだと言った優希。
サラの学校にいる保健室の先生が、本当にあの優希だとしたら……会えば約三十年ぶりになる。
サラは生みの母親、正美にそっくりだ。
見れば血縁者だとすぐに察しがつく。
それに、金子という苗字は私のものだ。
優希がサラを知っているとしたら、私と正美が結婚して、サラが生まれたと思っているかもしれない。
もちろん、母親は私じゃなくて正美だ。
明後日の個人面談……優希に会ってみたい気持ちはもちろんある。
だけど、あまりに変わってしまったこの姿を見られるのは……かなり複雑だ。
『晶が怒ったのは、私の為だったじゃない。それに晶は、優希のこと否定してなかったでしょ?』
あの花火の夜、正美が言ったことは事実じゃなかった。
確かに、あの高二の夏、私は優希を否定はしなかった……口に出しては。
『気持ち悪いだろ、そんなのが幼なじみだなんてさ』
少し淋しげだった、優希の瞳。
私は心の奥底を見透かされたような気がしていた。
なにか得体のしれない、優希にあって私にはないものに対する嫌悪感を。
それなのに……
私は洗面台の鏡に映る自分をじっと見つめた。
恐る恐る手を伸ばす首元。
鮮やかなブルーのスカーフの下には、小さな膨らみが隠されている。
声帯は高音を出せるように手術をしたものの、喉仏は削らなかった。
できるだけ体にメスを入れたくなかったから。
サラがこの事実を知ってしまったら、どんな表情をするだろう?
怖い……今まで大切に育ててきたサラに、嫌悪の視線を向けられるのが。
『大事なのは、ハートだと思うんだけどな』
サラが体と心の性が一致しない人間に理解を示すようなことを言ったのは、その対象が肉親ではなく先生だったからだろう。
まさか、自分の両親が二人共そうだとは思っていないはずだ。
あの花火の夜、数年ぶりに会ったはずの正美が、私を晶だと見抜いたように、優希も私と会えば私が晶だとわかるだろう。
優希は、どんな顔をするだろうか……いや、やっぱり会うのはよそう。
事実を知らされて、サラが傷つくルートはできる限り避けなければ。
大丈夫。単なる三者面談だもの。保健室は関係ないわ。きっと、優希とすれ違うことすらないはずよ。
私はじわりと込み上げてくる懐かしさを、ぐいっと奥に押し込んで、気づかないふりをした。
私が今一番守りたいのは、サラと正美と共に生きている、この穏やかな生活なのだから。
まさか。
こんなところであいつに会うなんて……
いや、林という苗字も優希という名前も、たいして珍しい名前じゃない。
もしかしたら、別人かもしれない。
私や正美がよく知っている優希とは。
『男として生まれたけど、心は女なんだって』
つい先程サラから聞いた、保健室の林先生の特徴。
それは、高二の夏に私と正美の前で語った優希の言葉と同じものだった。
『俺は、見た目は男だけど……心は女なんだ』
あの日、私を好きだと言った優希。
サラの学校にいる保健室の先生が、本当にあの優希だとしたら……会えば約三十年ぶりになる。
サラは生みの母親、正美にそっくりだ。
見れば血縁者だとすぐに察しがつく。
それに、金子という苗字は私のものだ。
優希がサラを知っているとしたら、私と正美が結婚して、サラが生まれたと思っているかもしれない。
もちろん、母親は私じゃなくて正美だ。
明後日の個人面談……優希に会ってみたい気持ちはもちろんある。
だけど、あまりに変わってしまったこの姿を見られるのは……かなり複雑だ。
『晶が怒ったのは、私の為だったじゃない。それに晶は、優希のこと否定してなかったでしょ?』
あの花火の夜、正美が言ったことは事実じゃなかった。
確かに、あの高二の夏、私は優希を否定はしなかった……口に出しては。
『気持ち悪いだろ、そんなのが幼なじみだなんてさ』
少し淋しげだった、優希の瞳。
私は心の奥底を見透かされたような気がしていた。
なにか得体のしれない、優希にあって私にはないものに対する嫌悪感を。
それなのに……
私は洗面台の鏡に映る自分をじっと見つめた。
恐る恐る手を伸ばす首元。
鮮やかなブルーのスカーフの下には、小さな膨らみが隠されている。
声帯は高音を出せるように手術をしたものの、喉仏は削らなかった。
できるだけ体にメスを入れたくなかったから。
サラがこの事実を知ってしまったら、どんな表情をするだろう?
怖い……今まで大切に育ててきたサラに、嫌悪の視線を向けられるのが。
『大事なのは、ハートだと思うんだけどな』
サラが体と心の性が一致しない人間に理解を示すようなことを言ったのは、その対象が肉親ではなく先生だったからだろう。
まさか、自分の両親が二人共そうだとは思っていないはずだ。
あの花火の夜、数年ぶりに会ったはずの正美が、私を晶だと見抜いたように、優希も私と会えば私が晶だとわかるだろう。
優希は、どんな顔をするだろうか……いや、やっぱり会うのはよそう。
事実を知らされて、サラが傷つくルートはできる限り避けなければ。
大丈夫。単なる三者面談だもの。保健室は関係ないわ。きっと、優希とすれ違うことすらないはずよ。
私はじわりと込み上げてくる懐かしさを、ぐいっと奥に押し込んで、気づかないふりをした。
私が今一番守りたいのは、サラと正美と共に生きている、この穏やかな生活なのだから。
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林優希。
まさか。
こんなところであいつに会うなんて……
いや、林という苗字も優希という名前も、たいして珍しい名前じゃない。
もしかしたら、別人かもしれない。
私や正美がよく知っている優希とは。
『男として生まれたけど、心は女なんだって』
つい先程サラから聞いた、保健室の林先生の特徴。
それは、高二の夏に私と正美の前で語った優希の言葉と同じものだった。
『俺は、見た目は男だけど……心は女なんだ』
あの日、私を好きだと言った優希。
サラの学校にいる保健室の先生が、本当にあの優希だとしたら……会えば約三十年ぶりになる。
サラは生みの母親、正美にそっくりだ。
見れば血縁者だとすぐに察しがつく。
それに、金子という苗字は私のものだ。
優希がサラを知っているとしたら、私と正美が結婚して、サラが生まれたと思っているかもしれない。
もちろん、母親は私じゃなくて正美だ。
明後日の個人面談……優希に会ってみたい気持ちはもちろんある。
だけど、あまりに変わってしまったこの姿を見られるのは……かなり複雑だ。
『晶が怒ったのは、私の為だったじゃない。それに晶は、優希のこと否定してなかったでしょ?』
あの花火の夜、正美が言ったことは事実じゃなかった。
確かに、あの高二の夏、私は優希を否定はしなかった……口に出しては。
『気持ち悪いだろ、そんなのが幼なじみだなんてさ』
少し淋しげだった、優希の瞳。
私は心の奥底を見透かされたような気がしていた。
なにか得体のしれない、優希にあって私にはないものに対する嫌悪感を。
それなのに……
私は洗面台の鏡に映る自分をじっと見つめた。
恐る恐る手を伸ばす首元。
鮮やかなブルーのスカーフの下には、小さな膨らみが隠されている。
声帯は高音を出せるように手術をしたものの、喉仏は削らなかった。
できるだけ体にメスを入れたくなかったから。
サラがこの事実を知ってしまったら、どんな|表情《かお》をするだろう?
怖い……今まで大切に育ててきたサラに、嫌悪の視線を向けられるのが。
『大事なのは、ハートだと思うんだけどな』
サラが体と心の性が一致しない人間に理解を示すようなことを言ったのは、その対象が肉親ではなく先生だったからだろう。
まさか、自分の両親が二人共そうだとは思っていないはずだ。
あの花火の夜、数年ぶりに会ったはずの正美が、私を晶だと見抜いたように、優希も私と会えば私が晶だとわかるだろう。
優希は、どんな顔をするだろうか……いや、やっぱり会うのはよそう。
事実を知らされて、サラが傷つくルートはできる限り避けなければ。
大丈夫。単なる三者面談だもの。保健室は関係ないわ。きっと、優希とすれ違うことすらないはずよ。
私はじわりと込み上げてくる懐かしさを、ぐいっと奥に押し込んで、気づかないふりをした。
私が今一番守りたいのは、サラと正美と共に生きている、この穏やかな生活なのだから。
まさか。
こんなところであいつに会うなんて……
いや、林という苗字も優希という名前も、たいして珍しい名前じゃない。
もしかしたら、別人かもしれない。
私や正美がよく知っている優希とは。
『男として生まれたけど、心は女なんだって』
つい先程サラから聞いた、保健室の林先生の特徴。
それは、高二の夏に私と正美の前で語った優希の言葉と同じものだった。
『俺は、見た目は男だけど……心は女なんだ』
あの日、私を好きだと言った優希。
サラの学校にいる保健室の先生が、本当にあの優希だとしたら……会えば約三十年ぶりになる。
サラは生みの母親、正美にそっくりだ。
見れば血縁者だとすぐに察しがつく。
それに、金子という苗字は私のものだ。
優希がサラを知っているとしたら、私と正美が結婚して、サラが生まれたと思っているかもしれない。
もちろん、母親は私じゃなくて正美だ。
明後日の個人面談……優希に会ってみたい気持ちはもちろんある。
だけど、あまりに変わってしまったこの姿を見られるのは……かなり複雑だ。
『晶が怒ったのは、私の為だったじゃない。それに晶は、優希のこと否定してなかったでしょ?』
あの花火の夜、正美が言ったことは事実じゃなかった。
確かに、あの高二の夏、私は優希を否定はしなかった……口に出しては。
『気持ち悪いだろ、そんなのが幼なじみだなんてさ』
少し淋しげだった、優希の瞳。
私は心の奥底を見透かされたような気がしていた。
なにか得体のしれない、優希にあって私にはないものに対する嫌悪感を。
それなのに……
私は洗面台の鏡に映る自分をじっと見つめた。
恐る恐る手を伸ばす首元。
鮮やかなブルーのスカーフの下には、小さな膨らみが隠されている。
声帯は高音を出せるように手術をしたものの、喉仏は削らなかった。
できるだけ体にメスを入れたくなかったから。
サラがこの事実を知ってしまったら、どんな|表情《かお》をするだろう?
怖い……今まで大切に育ててきたサラに、嫌悪の視線を向けられるのが。
『大事なのは、ハートだと思うんだけどな』
サラが体と心の性が一致しない人間に理解を示すようなことを言ったのは、その対象が肉親ではなく先生だったからだろう。
まさか、自分の両親が二人共そうだとは思っていないはずだ。
あの花火の夜、数年ぶりに会ったはずの正美が、私を晶だと見抜いたように、優希も私と会えば私が晶だとわかるだろう。
優希は、どんな顔をするだろうか……いや、やっぱり会うのはよそう。
事実を知らされて、サラが傷つくルートはできる限り避けなければ。
大丈夫。単なる三者面談だもの。保健室は関係ないわ。きっと、優希とすれ違うことすらないはずよ。
私はじわりと込み上げてくる懐かしさを、ぐいっと奥に押し込んで、気づかないふりをした。
私が今一番守りたいのは、サラと正美と共に生きている、この穏やかな生活なのだから。