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第3話 村上君がキューピッドだったことを知るサラちゃん

ー/ー



 窓際の席。
 ぼんやりしているか、オカルトな本を読んでいる。
 村上君の印象は、小学生の頃からそんな感じだった。
 同じクラスになったことは、小学三年生、中学三年生、そして今高校二年生で三回目だ。
 たまぁに、男子と喋っているのを見かける。でも、女子の間では、少し気味悪がられていた。
 村上君てさ、いわゆる陰キャなのに名前が(よう)なんて真逆でウケるよね、と中学時代の女友達は笑っていた。そしてそれは高校でも繰り返された。
 確かに、村上君本人からにじみ出る空気はどこか人を寄せつけないものがあった。
 大人しくて何を考えているかよくわからないのは、優斗君と同じだったけれど、村上君には優斗君と違って好意を持てそうな隙が微塵もなかった。
 まあ、もしこの先また同じクラスになっても話すことなんてないだろうな。
 私は、初めて同じクラスになった小学三年生の頃からそう予感していた。
 ところがこの予感が外れる日がやってきてしまう。
 それは私達が通っている高校ではない場所でだった。
 図書館だ。

 私が通う高校の近くには、市内で一番広い図書館がある。
 天井が高く広々としていて、本だけじゃなくてCDやDVDも借りることができた。まあ、種類はものすごく少ないけど。
 私は文芸部の幽霊部員、つまり一緒に入部した仲良しの玲美(れみ)ちゃんが部室に顔を出すなら一緒に行き、玲美ちゃんが行かなければ私も行かなかった。
 そして玲美ちゃんには念願の彼氏さんができたので、私は最近部活動に参加していない。中間試験明けのこの日もそうだった。
 文芸部の幽霊部員だからといって、本を読むのは嫌いじゃない。好きなジャンルの、自分に合った文体の小説は、時間が過ぎるのを忘れるほどその世界に没頭できる。
 それは、優斗君とやりとりしている時に感じる甘酸っぱいものとは違う至福の時間だった。
 私は図書館の文庫本コーナーで、お気に入りの作家さんの途中までしか読んでいないシリーズの二巻と三巻を手に取った。
 ジャンルはファンタジーだ。舞台は今流行りの異世界じゃなくて江戸時代の日本。出てくるキャラクターは人と妖怪。コメディと推理と歴史がごった煮になっているようなお話だ。
 もう五年以上前に出版された本で、この図書館でもたくさんの人が借りたのだろう。
 本は空気に触れている部分がうっすらと変色し、手触りも経年と人が触ったことによる劣化が見られた。でも、私は紙の本のこういったところも好きなのだ。
 真新しい完璧な存在から、段々と朽ちていくその様は、まるで生き物のようだ。その変化の様を手で触れ目で見、匂いで感じる。
 私が図書館に来て落ち着く理由の一つがそれなのかもしれない。
 私は二冊の文庫本にさらにエッセイを二冊加え、貸し出しの手続きをしようとカウンターに向かった。
 不意に声をかけられたのは、その途中にあるベンチからだった。
「金子さん、森君と仲良くやってるみたいで羨ましいよ。あーあ、僕も彼女欲しいなぁ」
 それは少しキーの高い、聞いたことがあるようなないような声だった。
 私は思わずベンチの前で足を止めた。
 今も含めれば三回も同じクラスになっているのだから、声など知ってて当たり前だと思っていたのに、まるで初めて聞くような気がした。
 それは間違いなく、あの村上君の声だった。
 さっき貸出カウンターを視界に入れた瞬間、その間にあるベンチに座ってなにかを読んでいる村上君が見えた。だけど、まさか話しかけられるとは思ってなかったから完全に油断していた。
 けど、いきなりの台詞が……え、ちょっと待って……村上君、なんで私と優斗君が遠距離恋愛中だって知ってるの?
 なぜか体の内側がざわざわする。
「なんで知ってるの? って顔だね……いや、なんで話しかけるのよ、って顔かな? 悪かったね、僕は気持ち悪いだろ? 気にしないで行っていいよサヨナラ」
 村上君は視線を私から本に移しながら手をひらひらさせた。なんか、こっちの感情が読み取られているみたいで、途端になにかに負けた気がして悔しくなった。
「ちょっと、そっちから話しかけておいて、それはないんじゃない?」
「強がりはいいよ……そんなにわかりやすい表情されたら、誰だってどう思われてかわかると思うよ」
 う、私そんな顔してた?
「僕は、あいにく女性とは波長が合わないみたいでね……これでも同性からはけっこう悩みを相談されたりするんだけど……ああ、そうだ、去年は森君が金子さんに告白しようか悩んでいた時も相談にのったな」
「えっ?」
 知らなかった……そんなこと、優斗君からは一度も聞いたことがない。
「僕の言う事を疑うんなら、森君に直接聞いてみるといいよ。あ、ちなみに僕は森君とは繋がってないからね。金子さんと森君との仲が今でも続いているのを知ってるのは、別のルートから情報を仕入れているからさ」
「別のルート?」
「うん。まったく恐ろしいくらいの偶然なんだけどね、森君の転校先に僕の父方の従兄弟がいるんだ。去年同じクラスになって、同じ村上でなんか僕に似たのがいるなって思って話しかけたら、僕の従兄弟の(てる)だったっていう」
 村上君は私を見上げてニヤリと笑った。
「僕は自分でもよく自覚している陰キャラだよ。それなのに名前が陽。太陽の陽。明るいイメージのいい名前をつけてくれた両親はがっかりさ。あ、ちなみに輝はね、輝くって書くんだ。でも僕と同じ陰キャラだから、ざまあないねって二人でこそこそ笑い合ってるんだよ」
「ああ、そ、そうなんだ……なんかもうなんでもよくなってきた」
 そう、優斗君が村上君に私のことを相談していたとしても、それはそれでもう済んだことだ。それに、村上君の言う別ルートっていうのも正体がわかった事だし……
「じゃあね」
 私はさっさと貸出カウンターに向かった。いや、向かおうとしたけど動けなかった。
 村上君が真顔で私をじっと見つめてきたからだ。
「森君の時の成功報酬は、苺牛乳一週間奢りコースだった……コースは相談内容によって変わるよ。なにかあったら、金子さんの悩み相談にものるからね」
 じと、と冷たい汗が滲んでくるような気がした。
 大丈夫、悩みはない。今もきっとこれからも、村上君を頼りたくなるようなことは絶対に起きないよ!
「わかった、ありがと!」
 言い捨て、私は今度は早足で貸出カウンターに向かって歩き始めた。
 早くこの場を去りたい、それしか頭になかった。
 本当は一度振り返って村上君がこっちを見ていないか確認したかったけど、万が一視線が合ってしまったらものすごく嫌だからやめた。
 私はカウンターにドサリと四冊の文庫本を置き、同時に深く息を吐いた。
 たったあれだけの会話だったのに、なぜかものすごい疲労感だった。
 なんなのだろうか、あれは。
 いや、もう考えるのはよそう。さっさと家に帰って優斗君にメッセージ送って、借りた本を読もう。
 私は笑顔で返却期限の日を教えてくれたお姉さんに微笑み返しながら、ありがとうございますと言って本を受け取ったのだった。




みんなのリアクション

 窓際の席。
 ぼんやりしているか、オカルトな本を読んでいる。
 村上君の印象は、小学生の頃からそんな感じだった。
 同じクラスになったことは、小学三年生、中学三年生、そして今高校二年生で三回目だ。
 たまぁに、男子と喋っているのを見かける。でも、女子の間では、少し気味悪がられていた。
 村上君てさ、いわゆる陰キャなのに名前が|陽《よう》なんて真逆でウケるよね、と中学時代の女友達は笑っていた。そしてそれは高校でも繰り返された。
 確かに、村上君本人からにじみ出る空気はどこか人を寄せつけないものがあった。
 大人しくて何を考えているかよくわからないのは、優斗君と同じだったけれど、村上君には優斗君と違って好意を持てそうな隙が微塵もなかった。
 まあ、もしこの先また同じクラスになっても話すことなんてないだろうな。
 私は、初めて同じクラスになった小学三年生の頃からそう予感していた。
 ところがこの予感が外れる日がやってきてしまう。
 それは私達が通っている高校ではない場所でだった。
 図書館だ。
 私が通う高校の近くには、市内で一番広い図書館がある。
 天井が高く広々としていて、本だけじゃなくてCDやDVDも借りることができた。まあ、種類はものすごく少ないけど。
 私は文芸部の幽霊部員、つまり一緒に入部した仲良しの|玲美《れみ》ちゃんが部室に顔を出すなら一緒に行き、玲美ちゃんが行かなければ私も行かなかった。
 そして玲美ちゃんには念願の彼氏さんができたので、私は最近部活動に参加していない。中間試験明けのこの日もそうだった。
 文芸部の幽霊部員だからといって、本を読むのは嫌いじゃない。好きなジャンルの、自分に合った文体の小説は、時間が過ぎるのを忘れるほどその世界に没頭できる。
 それは、優斗君とやりとりしている時に感じる甘酸っぱいものとは違う至福の時間だった。
 私は図書館の文庫本コーナーで、お気に入りの作家さんの途中までしか読んでいないシリーズの二巻と三巻を手に取った。
 ジャンルはファンタジーだ。舞台は今流行りの異世界じゃなくて江戸時代の日本。出てくるキャラクターは人と妖怪。コメディと推理と歴史がごった煮になっているようなお話だ。
 もう五年以上前に出版された本で、この図書館でもたくさんの人が借りたのだろう。
 本は空気に触れている部分がうっすらと変色し、手触りも経年と人が触ったことによる劣化が見られた。でも、私は紙の本のこういったところも好きなのだ。
 真新しい完璧な存在から、段々と朽ちていくその様は、まるで生き物のようだ。その変化の様を手で触れ目で見、匂いで感じる。
 私が図書館に来て落ち着く理由の一つがそれなのかもしれない。
 私は二冊の文庫本にさらにエッセイを二冊加え、貸し出しの手続きをしようとカウンターに向かった。
 不意に声をかけられたのは、その途中にあるベンチからだった。
「金子さん、森君と仲良くやってるみたいで羨ましいよ。あーあ、僕も彼女欲しいなぁ」
 それは少しキーの高い、聞いたことがあるようなないような声だった。
 私は思わずベンチの前で足を止めた。
 今も含めれば三回も同じクラスになっているのだから、声など知ってて当たり前だと思っていたのに、まるで初めて聞くような気がした。
 それは間違いなく、あの村上君の声だった。
 さっき貸出カウンターを視界に入れた瞬間、その間にあるベンチに座ってなにかを読んでいる村上君が見えた。だけど、まさか話しかけられるとは思ってなかったから完全に油断していた。
 けど、いきなりの台詞が……え、ちょっと待って……村上君、なんで私と優斗君が遠距離恋愛中だって知ってるの?
 なぜか体の内側がざわざわする。
「なんで知ってるの? って顔だね……いや、なんで話しかけるのよ、って顔かな? 悪かったね、僕は気持ち悪いだろ? 気にしないで行っていいよサヨナラ」
 村上君は視線を私から本に移しながら手をひらひらさせた。なんか、こっちの感情が読み取られているみたいで、途端になにかに負けた気がして悔しくなった。
「ちょっと、そっちから話しかけておいて、それはないんじゃない?」
「強がりはいいよ……そんなにわかりやすい表情されたら、誰だってどう思われてかわかると思うよ」
 う、私そんな顔してた?
「僕は、あいにく女性とは波長が合わないみたいでね……これでも同性からはけっこう悩みを相談されたりするんだけど……ああ、そうだ、去年は森君が金子さんに告白しようか悩んでいた時も相談にのったな」
「えっ?」
 知らなかった……そんなこと、優斗君からは一度も聞いたことがない。
「僕の言う事を疑うんなら、森君に直接聞いてみるといいよ。あ、ちなみに僕は森君とは繋がってないからね。金子さんと森君との仲が今でも続いているのを知ってるのは、別のルートから情報を仕入れているからさ」
「別のルート?」
「うん。まったく恐ろしいくらいの偶然なんだけどね、森君の転校先に僕の父方の従兄弟がいるんだ。去年同じクラスになって、同じ村上でなんか僕に似たのがいるなって思って話しかけたら、僕の従兄弟の|輝《てる》だったっていう」
 村上君は私を見上げてニヤリと笑った。
「僕は自分でもよく自覚している陰キャラだよ。それなのに名前が陽。太陽の陽。明るいイメージのいい名前をつけてくれた両親はがっかりさ。あ、ちなみに輝はね、輝くって書くんだ。でも僕と同じ陰キャラだから、ざまあないねって二人でこそこそ笑い合ってるんだよ」
「ああ、そ、そうなんだ……なんかもうなんでもよくなってきた」
 そう、優斗君が村上君に私のことを相談していたとしても、それはそれでもう済んだことだ。それに、村上君の言う別ルートっていうのも正体がわかった事だし……
「じゃあね」
 私はさっさと貸出カウンターに向かった。いや、向かおうとしたけど動けなかった。
 村上君が真顔で私をじっと見つめてきたからだ。
「森君の時の成功報酬は、苺牛乳一週間奢りコースだった……コースは相談内容によって変わるよ。なにかあったら、金子さんの悩み相談にものるからね」
 じと、と冷たい汗が滲んでくるような気がした。
 大丈夫、悩みはない。今もきっとこれからも、村上君を頼りたくなるようなことは絶対に起きないよ!
「わかった、ありがと!」
 言い捨て、私は今度は早足で貸出カウンターに向かって歩き始めた。
 早くこの場を去りたい、それしか頭になかった。
 本当は一度振り返って村上君がこっちを見ていないか確認したかったけど、万が一視線が合ってしまったらものすごく嫌だからやめた。
 私はカウンターにドサリと四冊の文庫本を置き、同時に深く息を吐いた。
 たったあれだけの会話だったのに、なぜかものすごい疲労感だった。
 なんなのだろうか、あれは。
 いや、もう考えるのはよそう。さっさと家に帰って優斗君にメッセージ送って、借りた本を読もう。
 私は笑顔で返却期限の日を教えてくれたお姉さんに微笑み返しながら、ありがとうございますと言って本を受け取ったのだった。