第二章『すでに強い先輩とまだ弱い私とカリキュラム』
「……丙良先輩、やっぱりこんなの無茶ですわ。礼安はまだ可能性があるかもしれませんが……最悪死んでしまうかもしれません」
院は丙良に対し訴えかける。これがどんなに過酷なものか、本能で理解していたためであった。
しかし、丙良は首を横に振る。
「だとしても、やるんだ。じゃないと、君たちは明確な『強さ』を得ることは無いさ」
「院ちゃん……行くしかないんだよ、私たちにはその道しかないんだ」
礼安は今までにないほど、覚悟を決めた表情をしていた。院もそれを見て、否が応でも覚悟を決めざるを得なかった。
そして、修行の舞台に足を踏み入れる二人。
「無事を、祈っているよ」
丙良は二人の背中を見送りながら、心を鬼にして『出口』を完全に施錠する。誰も開けることが適わないよう、厳重に。
二人の地獄の生存修業が、遂に始まったのだ。
遡ること、およそ一時間前。
礼安ら二人は、丙良の寮に呼ばれていた。
チャイムを押すと、まだ多少げっそりしてはいたものの、割と元気な丙良の姿があった。
「やあ、準備はしてきたようだね」
二人はジャージに着替え、ある程度の食料、趣味道具、デバイスドライバーにヒーローライセンスなど、ありとあらゆるものを修行に備え、ナップサックに詰めてきたのだ。
「……じゃあ、中にいらっしゃい。もう僕の方でも、修行の準備はできているさ」
二人は靴を脱いで、寮内に入る。電気はついているものの、どこか不気味な雰囲気を漂わせている。人気は一切なく、自分たち以外の気配はない。どこかでテレビがついている音だけが、静かな空気の中響いていたのだ。
ある一室の前に辿り着くと、丙良は扉を開け放つ。
「後輩ちゃん二人が行う修業は、これさ」
そこにあったのは、まさに二人の予想外のものであった。何なら、一番可能性の範疇から飛びぬけていた、という方が正しいかもしれない。
院は驚愕し、言葉を失う。一方礼安は、なぜか目を輝かせていた。
そう、そこにあったのは、まさしく。
『ゲーム機』であった。
「何でですの!?」
開口一番、院の口から飛び出した言葉がまさにそれであった。
修行とゲーム。何一つ結びつくことは無い中で、理解しがたかった。
「ゲームだ! しかも最近の死にゲー! アーサー王が主人公のやつと、ギルガメッシュ王が主人公のやつで、二パターンのゲーム展開がされてる話題のやつ!!」
実は礼安は大のゲーム好き。十五年の生活の中で完全攻略したゲームの数はざっと千を優に超える。あまりにものゲーマー力に、英雄の因子が自分の中になかったら、おそらく世界を相手取るプロゲーマーを育成する専門学校に、飛び級で入っていても遜色ないレベルである。
ちなみに、礼安の一番大好きなゲームは龍が如く。渋い。
丙良は、どこかばつが悪そうにしながら咳払いをする。
「……まあ、後輩ちゃんの言うとおり、これはそれぞれアーサー王、ギルガメッシュ王をモチーフにした死にゲーってやつ。ゲーム業界にちょっとコネがあって、今後出す予定のバージョンの物を貸してもらったんだ。二人はそのゲーム世界の中に入って、ゲーム内時間で『一か月』過ごしてもらう」
それを聞いた瞬間、礼安は呆けていた。あれだけ嬉々としていた礼安が、である。
どこか君の悪さを感じてはいたものの、ゲームに関しての知識ゼロの院が質問する。
「ゲーム世界に入る、って何かの冗談ですわよね? 現実と非現実は異なるものですわよ、丙良先輩」
「ま、普通ならそうなるよね。でも大丈夫、君たちのヒーローライセンスは、そのゲームに『応えてくれる』さ」
何を言っているか、理解しきれない院ではあったが、仕方なしに質問対象を礼安に移す。
「……ところで貴女、一か月過ごすということに対してたいそう驚いていたけれど……確かに一か月は多少長いけれど、そんなに辛いものなの?」
「辛いどころの話じゃあないよ、院ちゃん」
礼安は、今までにないほど神妙な表情をして院に語りだす。
「このゲーム、さっき死にゲーって言ったじゃん? それはほかのゲームより、圧倒的にプレイヤーに対しての殺意が高いことなんだ。何より、このゲームはほかの死にゲーよりも、何日生き残るなんて、そんなの考えられない系の奴でね。割と練度の高いゲーマーでも、ゲーム内時間およそ三日ぶっ続けで生きるのが関の山、ってところだよ」
「……貴女、急に賢くなったわね」
そう院が言うと、礼安はよくわからないといったように、小動物のように首を傾げる。
「……とにかく、後輩ちゃんの言ってることは十割正しい。そんな環境下で生き残ることができれば、自ずと力との向き合い方もわかるってことさ」
丙良は二人に対して、礼安を復調させた『黄金の林檎争奪戦!』を一枚ずつ手渡す。
「それは本当に死にかけた時一回だけ、発動を許可するものさ。そうじゃあないと、逆に僕が死んじゃうから……いろいろとね」
丙良のトレーニングは一見滑稽に見えて、生きるか死ぬかのデスゲーム。「厳しい」と自分で語りつつも、二人がもし死んでしまった時のことを、ある程度考えてはいたのだ。
「……丙良先輩、やっぱりこんなの無茶ですわ。礼安はまだ可能性があるかもしれませんが……最悪死んでしまうかもしれません」
院は丙良に対し訴えかける。これがどんなに過酷なものか、本能で理解していたためであった。
しかし、丙良は首を横に振る。
「だとしても、やるんだ。じゃないと、君たちは明確な『強さ』を得ることは無いさ」
「院ちゃん……行くしかないんだよ、私たちにはその道しかないんだ」
礼安は今までにないほど、覚悟を決めた表情をしていた。院もそれを見て、否が応でも覚悟を決めざるを得なかった。
そして、修行の舞台となる、ゲーム世界があるテレビ内に足を踏み入れる二人。
「無事を、祈っているよ」
丙良は二人の背中を見送りながら、心を鬼にして『出口』を完全に施錠する。誰も開けることが適わないよう、厳重に。
二人の地獄の生存修業が、遂に始まったのだ。
目を開けると、そこは曇天。礼安は、辺り一面の草原に倒れていた。
あたりを見渡しても、人ひとりいない。
「私、ゲームの中に入ったんだ……凄い」
手のひらを、握ったり開いたり。
自身を実感していた礼安だったが、突如自身の中に眠る、生物の第六感のようなものが働く。
ネックスプリングでその場から飛び退く礼安。
すると、今まで自身が倒れていた場所から、二、三体の怪物が現れる。
それぞれ、腕や顔が獣や昆虫のような見た目をしており、それぞれ狼、豚、蟷螂をより禍々しくした、歪な見た目だった。
言葉を発することは無く、それぞれが礼安に向かっていく。
「やるしかない、よね!」
デバイスを高速起動させ、ヒーローライセンスを挿入、下腹部にベルトとして展開させる。
「変身!!」
礼安を纏う装甲が、高速展開されていき怪物の攻撃を瞬時に防ぐ。
怪物を力任せに引きはがして、唯一の武器であるカリバーンを顕現させ、乱雑な攻撃に合わせる。
しかし、怪物らは人間を超越した力を振るう。
剣での防御を易々と弾く力の勢いで、礼安を吹き飛ばす。
「流石、やっぱり相手の軸を崩さないことにはッ、話が始まらない訳だ――――本当、死にゲーあるある過ぎて困るね!」
礼安はカリバーンを手に再び怪物に向かおうとするも、その瞬間に何者かの声が脳内に声がこだまする。
『――私を頼れ――――』
その言葉でほんの刹那、礼安は踏み止まり、後退する。
「……誰かに頼るなんて、今まであんまりしてこなかったなあ」
ニッと笑って見せると、礼安は剣を中段に構える。
すると、背後から何者かの腕が剣を共に握った。常人には見えないオーラで実体化した、アーサー王本人であったのだ。
『今から継承者である貴様の脳内に、手解きをする。貴様が並外れた剣士となるように、己の技術を全て叩き込む』
瞬間、礼安の脳内に、常人ならその一瞬でオーバーヒートしてしまいそうなほどの戦闘の情報や知識、技術がなだれ込む。しかし、礼安はその一つ一つの情報に物怖じすることなく、触れて吸収する。
時には、彼の悲しい記憶が過ぎ去っていく。
時には、彼の華々しい記憶が過ぎ去っていく。
全て、彼にとっての経験であり、大切な思い出。それを託す行為に、礼安は動かされていた。
今まで、接点のかけらもないはずの英雄。その英雄が、自身のために、世の平和のために共に力を振るうことを決めてくれたのだ。
「王様――」
濁流のように流れる情報を全て吸収しきった時、礼安の瞳は爛々と輝いていた。
閉じた瞼を、ゆっくりと開く。今まで見えていた世界に、一切の変わりはない。しかし、礼安自身の心境は、とても晴れやかであった。
「準備オッケー、王様!」
礼安は一気に前に踏み込む。三体の怪物を前に、物怖じは一切していなかった。
命を懸けた一戦であっても、普段の楽天的な彼女の顔を、一切崩すことは無い。なぜなら、礼安の背後には最強の騎士王が構えていたのだから。
乱雑な攻撃を剣の背やポンメルで弾く。
胴体部に隙が生じるその一瞬を見逃すことなく、狼怪物の胴体部を逆袈裟に斬り上げる。
狼はその一撃で死滅するが、残り二体の怪物が怯むことなく襲い掛かる。
『貴様のその力、有効活用して見せよ』
「了解、王様!」
攻撃を避けるために遥か空中へ飛び上がる礼安。
その跳躍によって生まれた衝撃は、小隕石が堕ちたかのように地面を抉る。
デバイスドライバーの両サイドを軽く押し込むと、全身から力が湧き出るような感覚で満ちる。
『必殺承認、天翔ける流星の煌き!!』
剣を腰元に据え、空中を蹴り飛ばし一気に加速する。
そこから一気に王の幻影と型を同じくし、流星の如く落下。怪物の一体を切り伏せ、余波にて残りの怪物も消滅させる。
今まで、こういった技を使ったことのなかった礼安は、どこか呆けていた。
『――どうかな、私の力を得て、かつ己の剣で不浄の者を切り伏せた感想は』
「いや、今までこんなことなんてしたことなかったから、ちょっとびっくりしちゃったよ、王様……」
しかし礼安はそう言いながら、次第に自身の力にアーサー王の力を合わせた一連の動きが、こうまで人間をやめていることに、多少ばかりの興奮を抑えきれずにいた。
「これを極めれば、皆を守ることができるかな、王様」
『あまり他人に尽くしすぎると、自身が死ぬかもしれない……そうあっても、貴様ほどの狂気と侠気があれば問題は無い、か』
礼安自身に対しての、多少ばかりの苦言を言いはしたものの、アーサー王は力を預けた彼女自身を、信頼し始めた瞬間だった。