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第七話「ギアサにて」

ー/ー



ゼールとナーロ村から旅立って二日が経った。
 最初の目的地はゼールが依頼を受け、グウェスが出稼ぎに出ているロデナス王国領の都市『ギアサ』。
 凡人土の東側を統治するロデナス王国北東の端に位置するナーロ村から、徒歩で南下すること三日ほどに位置する都市で、規模としてはそれほど大きなものではないらしい。

 ギアサに向かう理由は、本格的な旅の前に必要な物資を買い込むのと、冒険者ギルドに正式な依頼受注の証として俺を連れて行くためらしい。
 今回のような特定の対象を護衛したり運搬する依頼は、一度対象を伴った状態でギルドを通して正式受注してから、報酬とは別の頭金(道中の費用として)をあらかじめ依頼主がギルドに預けていたものを受け取る、といったパターンが多いらしい。
 こういった、対象を一度ギルドに通して受注する依頼をエンゲージメント型と呼ぶらしい。

 と、らしいらしいばかりだがこれは全て道中でゼールが教えてくれたからだ。
 ゼールはクールな雰囲気に反して、こちらが問いかければきちんと答えてくれる女性だった。

 ギルドに関しても丁寧に説明してくれ、この世界には依頼を斡旋するギルドと、それらの依頼を受注しこなす冒険者がいるらしい。

 ギルドは依頼を依頼主から預かる際に、その内容の危険度等を加味して依頼主と報酬を設定。
 同時に、依頼に対して内容に伴ったランクを設定するらしく、SからEまでの六段階とのことだ。
 冒険者に対してこれらの依頼を斡旋し、冒険者は自身のランク(冒険者も同じく六段階)に応じた依頼を受注。
 見事依頼を完遂出来れば、ギルドから報酬が支払われ、ギルドも報酬の一部を斡旋料として受け取るという仕組みらしい。

 そういえば、俺の護衛依頼は何ランクなんだろうか?

「Aランクよ。同時に、受注者もAランク以上の者のみが指定されていたわ」
「て、ことはゼールさんって?」
「Aランクよ」

 いや、まあ、はい、納得です。
 ゼールの実力は疑っていない。
 龍の翼を簡単にちぎる魔術を放つのだ、当然だろう。

 それよりも別に驚いたことがある。
 大陸の約半分を、対象を護衛した状態で数ヶ月から数年と考えればAランクは妥当なのだろう。
 問題はそのランクに見合った報酬だ。
 グウェスはここ数年出稼ぎに出て稼ぎは上がったとはいえ、果たして俺の入学費用と依頼報酬及び頭金なんて高額な金を用意できたのか?
 我が家は普段から豪勢な暮らしとは無縁だったが、同時に節制をしていたような節も見られなかった。

 グウェスよ、何か怪しい仕事でもしてたのか?この金は本当に綺麗な金なのか?
 まあ、あのグウェスに限ってそんなことはないだろうが。


 ----

 ギアサは想像よりも賑わっていた。
 たしかに街としては特別発展しているわけではないが、村とは人々の活気が段違いだ。
 シャッター街とデパートくらい違う。
 前世では当たり前だった光景が、今世では十年ぶりだ。
 少し感動すら覚える。
 角は隠さないでおくことにした。
 変に隠し後からバレるくらいなら、初めから魔族であるということにしたのだ。

「街は初めてかしら?迷子にならないよう離れないで」

 ゼールの後ろをくっつくようにして歩くこと20分。
 ギアサの中心にギルドは位置していた。
 丈夫そうな石材造りで、ちょっとしたレストランくらいのサイズの建物の背後には、グラウンド程の大きさの広場が見える。

 冒険者ギルドとデカデカと掲げられた看板の下をくぐり中に入ると、10m程先に木製のカウンターがあり受付の女性が三人立っていた。

 ギルド内は明るめの照明で照らされており、二十人近い冒険者が左右の壁に貼られている依頼に目を通したり、中央付近に置かれている机で酒らしきものを煽ったりしている。

 モン◯ンみたいだな、どこの世界でもギルドってのはこんなものなのか?
 なんて考えていると、「こっちよ」とゼールに連れられて真ん中のカウンターへ進む。

「ゼール・アウスロッドよ。依頼の対象を連れてきたわ。ほら、自己紹介して」
「あ、えと、ライル・ガースレイです。父のグウェス・ガースレイから依頼が出ているかと」
「はい、ありがとうございます!数点、確認を取らせて頂きます。まず、お母様のお名前をお願いいたします」

 心臓がキュッとなる。
 あの日のことがフラッシュバックし、呼吸が少し荒くなる。

「あの、いかがされましたか?」
「っ、いえ何でも。母はサラ・ガースレイです」
「はい、ありがとうございます。続いて、ライル様の生年月日をお願いいたします」
「人魔歴十年九月六日です」
「はい、確認できました。最後に、ライル様が初めてお父様から教わった魔術をお願いいたします」
「岩の槍です」
「はい、全ての要項を確認できました。これにより、ライル様ご本人と認証し、ゼール様の正式受諾となります!こちらは依頼主様よりお預かりしていた頭金となります」

 受付の女性がニッコリと笑いかけながら、巾着袋程の袋をゼールに手渡す。

「それでは、改めましてご説明させて頂きます。今回の依頼はライル様を、アトラ王国王都アトランティアの冒険者ギルドまでお連れすることが達成条件となります。期限は本日より二年内、条件はライル様のご存命となります。また、道中の移動手段やパーティーメンバーの増減は自由となります。達成報酬は当ギルドがお預かりしているものを王都アトランティアまで輸送致しますので、依頼達成時にお受け取り下さいませ。何かご不明点等はございますか?」
「いえ、私は大丈夫よ」

 ゼールはチラッとこちらを見て「あなたは?」と問いかけてくる。

「あの、父は今どこにいるかなんて分かりませんよね?」
「申し訳ありませんが、存じかねます」
「いえ、とんでもないです。こちらこそありがとうございます」

 あわよくば、グウェスに会って村の悲劇を直接伝えたかったのだが。
 幸い、ここには冒険者が何人もいるしその人たちに聞けば何かわかるかもしれない。

「それでは、ご武運を!お気をつけていってらっしゃいませ!」

 丁寧なお辞儀と共に送り出される。

「ゼールさん、ここにいる人達に父の居場所を聞いてみても?」
「構わないわ。ただし、明後日には街を出るからそのつもりでね」

 許可をもらい、真ん中のテーブルにいた男女に声をかける。

「こんにちは、ちょっと聞きたいことがあるんですが……」
「あぁ?なんだぁ坊主、迷子かぁ?」

 酒臭っ!真っ昼間から酔っ払ってんのか?

「えーっと、この街に魔物や魔獣討伐で出稼ぎに来ている人達がいるって聞いたんですけど、どこにいるか知りませんか?」
「んなもん聞かれてもなぁ、おいっ!何か知ってるかぁ?」
「いちいち叫ばないでよ!聞こえてるから!っと、ごめんね〜こいつ酔っててさ!それで?討伐隊の人達の場所だったよね。確か、四日前に東の森に向かって出発したって話だったかな?ここからだと二日はかかるよ〜」

 どうやら入れ違ってしまったようだ。
 今から追いかけても追いつけそうにもない。

「そうですか、ありがとうごさいます。助かりました」
「いいっていいって!また何かあったら遠慮せず聞いてね!」
「ヒック!そういやあよぉ、そっちの姉ちゃんが持ってる杖、なぁ〜んか見たことあんだよなぁ」

 酔った男がそんな事を呟いて、後ろにいたゼールを指さした。

 言われてみると、ゼールが持っている杖は特に目を引く造りだ。
 他の冒険者達の杖はどれもシンプルな作りで、持ち手等の部分が一般的な木製、杖の先に付いている宝石も赤や青、緑や黄色のいずれか一色のみだ。
 ところが、ゼールの持つ杖は杖の先のガラス玉にそれらの宝石が各色一つずつ収められており、杖の部分も純白に仕立て上げられている。
 神秘性すら感じさせる作りだ。

四元(しげん)の杖」

 振り返ってゼールを見ていた俺の後ろ。
 つまり今話していた机の男女の後方より、一人の男が声をあげて前に出てくる。

 The冒険者のような動きやすそうな服装に緑色のマントを羽織ったメガネの優男。
 手には他の冒険者達が持つような一本の杖を持っており、先端には青色の宝石がはめられている。

「まさか、こんなところでお目にかかることが出来るとは思いもしませんでした。その四元の杖、『全一(オールワン)』のゼール・アウスロッド殿でお間違いありませんね?」
「……貴方は?」
「失礼しました、僕はミルゲン。Aランクの冒険者をしています。」

全一(オールワン)』。
 ゼールはそう呼ばれてから明らかに不機嫌そうにしている。
 それよりも、その単語を聞いてから周りが少しざわつき出した。
 さっきまであれだけ酔っ払っていた男も盃を置いてポカーンとしている。

「それで、何か御用かしら?」

 その言葉には敵意すら感じられた。
 ミルゲンはブルッと身を震わせた後に意を決して

「お手合わせを、お願いできませんか?」
「嫌よ。私に何の利益も無いわ」

 一蹴。
 取り付く島もない。
 ていうか、急に手合わせってどういう事だ?
『全一』という称号を聞くに、ゼールが只者では無いことは間違いないだろう。

「そうですか、残念です。出来れば手荒な真似は避けたかったのですが……」

 ミルゲンはそう言い俺の方を向く。


水飛沫(スプラッシュ)


 そう呟くと同時に、男の杖の先から弾丸のようにいくつもの水滴が俺めがけて飛んでくる。

「は?」

 水性五級魔術の一つ、水飛沫(スプラッシュ)
 俺が使ったところでせいぜい水遊びには強すぎる飛沫(しぶき)を出す程度の魔術。
 だがミルゲンの放った飛沫はそんなちゃちなものではなかった。
 直撃すれば打撲、下手すれば骨折してしまう程の威力はあるだろう。
 そんな凶器が唐突に俺目掛けて襲ってくる。
 避けることも出来ないまま両手で顔を覆う。

 ガガガッ!!っと音を立て、飛沫は俺の目前で壁に阻まれた。
 薄緑色をした半透明のガラス板。
 そんな板のような、壁のようなものが俺の30cm程先に出現していた。

「……なんのつもりかしら?」

 ゼールから先程とは比べ物にならない敵意と怒りが放たれる。
 ミルゲンの顔からはみるみるうちに冷や汗が滲み出るが、毅然とした態度で言い放つ。

「何度でも言います。手合わせを、お願いします」

 彼の要望は変わらなかった。
 この優男、マジでそれだけのために俺を撃ったのか?

「ちょっとちょっと!!お客様方!ギルド内での乱暴はおやめ下さい!これ以上は修練場でお願いします!言うことを聞いていただけない場合は罰則を科しますからね!」

 慌てた様子でカウンターから受付嬢が飛んでくる。
 周りの冒険者も突然の騒動に困惑しているようだ。

「まだ聞き入れては頂けませんか?」
「…………ハァ、いいわ、付いてきなさい」

 そう言ってゼールは受付カウンターの左側、壁に備え付けられたギルドの外に通じるドアへと向かう。
 俺の前に存在していた壁は音もなく消え去る。
 俺とミルゲン、その他の野次馬たちも後に続く。


 ドアの先はギルドの側面に通じており、中庭に出るような造りになっていた。
 中庭と言ってもその大きさは学校のグラウンド程もある。
 なるほど、外から見た時にバカでかいグラウンドがあると思ってはいたが、ギルドの修練場だったのか。
 周りには木剣や槍、馬具のような物が散らかっている。

 野次馬の俺たちから少し離れた先で、ゼールとミルゲンが相対する。
 少しの沈黙の後に、先に動いたのはミルゲンだった。

水刃(アクアカッター)!」

 鉄をも切り裂く水の刃。
 俺があの夜、龍に放ったものよりも遥かに強力な一撃。
 それに対してゼールは一言。

防壁(プロテクション)

 ゼールの目前に、先程見た薄緑色の半透明な壁が出現する。
 壁に接触した刃はヒビすら入れることも叶わず、水滴となり滴り落ちる。

「流石ですね、ではっ!水砲弾(アクアキャノン)!」

 続けて繰り出されたのは大質量の水の塊。
 直径5mはあろうかという巨大な水塊が、標的を押しつぶさんと真っ直ぐに飛ぶ。

火柱(フレイムピラー)

 淡々と。
 巨大な火柱が立つ。
 大火力の火柱は容易く水塊を飲み込み、瞬く間に水蒸気へと変換する。

「ッ!こうも簡単に……」

 ミルゲンの冷や汗は止まっていない。
 それどころか、顔色は悪くなっていく一方だ。

 ミルゲンは、俺の見立てでは決して弱くはない。
 対人戦はもってのほか、魔物とのまともな戦闘も経験していないが、そんな俺が見てもミルゲンは強いとわかる。
 放つ魔術は俺よりも高威力かつ精度や速度、全てにおいて上回っている。
 そんなミルゲンが圧倒されている。


「もう終わりかしら?」
「…………次で最後です。貴方相手に、数を撃っても仕方がありません」

 そう言って目を閉じ、数秒集中すると、みるみるうちに男の魔力が高まっていく。


「殺す気で、いきます」

 唱えられた魔術は後に知る、一級魔術。
 各元素魔術の一級魔術は、扱えることによって初めてその元素を完全に習得したとされる高み。
 殺す気で、とは比喩等の例えではなく本気の発言だったのだろう。


水龍咆哮(アクアシュトローム)ッ!!」


 ダムの(せき)を切られたように、水砲弾(アクアキャノン)とは比較にならない水量が中空より出現しゼールを襲う。
 その圧倒的質量は人体はおろか、鉄筋コンクリートの建物すら砕き、この街ならば瞬く間に飲み込んでしまうことが可能だろう。

 しかし、そうはならなかった。


「素晴らしい研鑽ね。私も、応えましょう。
 罪業の炎(ギルフレア)


 炎が生まれる。
 黒と青が混じったような、全てを焼き尽くさんとする業火。
 炎はゼールから放射状に広がり、水流をせき止めたさきから蒸発させていく。
 凄まじい熱気に、離れて見ているこちらまで汗が噴き出る。

(あの質量で放出される水を瞬く間に蒸発させていくなんて、なんつー火力だよ!!)

 吹き荒れる熱気から守るようにして両手で顔を覆う。
 数秒。
 熱気が治まり、視界の先にはミルゲンが膝をつき体全体で息をしている。


「カッ……!ハァッハァッ!!」
「見事な腕前だったわ。ただし、場所は選びなさい。力には使い時があるわ。それを肝に銘じ、精進なさい」
「ありっ……がっハァッ!ござい……」

 そこで男の意識は落ちた。
 恐らくは魔力切れだ。

 ゼールは何事も無かったかのようにこちらへ歩いてくると

「ごめんなさいね、行きましょう」

 簡潔に、それだけだった。
 ゼールの力は計り知れなかった。
 汗の一滴はおろか、疲れた様子は微塵もない。
 おそらく、もっと簡単に、もっと効率的にミルゲンに勝つことが出来ていた。
 それをあえて後手に回り、周囲に被害が出ないように立ち回ってみせたのだ。
 俺の中で、目覚めたあの日から抱いていた考えに火が点いた。

「あの!」

 ゼールが何事かと振り返る。

「俺を、俺を弟子にして下さい!」




次のエピソードへ進む 第八話 「弟子入り」


みんなのリアクション

ゼールとナーロ村から旅立って二日が経った。 最初の目的地はゼールが依頼を受け、グウェスが出稼ぎに出ているロデナス王国領の都市『ギアサ』。
 凡人土の東側を統治するロデナス王国北東の端に位置するナーロ村から、徒歩で南下すること三日ほどに位置する都市で、規模としてはそれほど大きなものではないらしい。
 ギアサに向かう理由は、本格的な旅の前に必要な物資を買い込むのと、冒険者ギルドに正式な依頼受注の証として俺を連れて行くためらしい。
 今回のような特定の対象を護衛したり運搬する依頼は、一度対象を伴った状態でギルドを通して正式受注してから、報酬とは別の頭金(道中の費用として)をあらかじめ依頼主がギルドに預けていたものを受け取る、といったパターンが多いらしい。
 こういった、対象を一度ギルドに通して受注する依頼をエンゲージメント型と呼ぶらしい。
 と、らしいらしいばかりだがこれは全て道中でゼールが教えてくれたからだ。
 ゼールはクールな雰囲気に反して、こちらが問いかければきちんと答えてくれる女性だった。
 ギルドに関しても丁寧に説明してくれ、この世界には依頼を斡旋するギルドと、それらの依頼を受注しこなす冒険者がいるらしい。
 ギルドは依頼を依頼主から預かる際に、その内容の危険度等を加味して依頼主と報酬を設定。
 同時に、依頼に対して内容に伴ったランクを設定するらしく、SからEまでの六段階とのことだ。
 冒険者に対してこれらの依頼を斡旋し、冒険者は自身のランク(冒険者も同じく六段階)に応じた依頼を受注。
 見事依頼を完遂出来れば、ギルドから報酬が支払われ、ギルドも報酬の一部を斡旋料として受け取るという仕組みらしい。
 そういえば、俺の護衛依頼は何ランクなんだろうか?
「Aランクよ。同時に、受注者もAランク以上の者のみが指定されていたわ」
「て、ことはゼールさんって?」
「Aランクよ」
 いや、まあ、はい、納得です。
 ゼールの実力は疑っていない。
 龍の翼を簡単にちぎる魔術を放つのだ、当然だろう。
 それよりも別に驚いたことがある。
 大陸の約半分を、対象を護衛した状態で数ヶ月から数年と考えればAランクは妥当なのだろう。
 問題はそのランクに見合った報酬だ。
 グウェスはここ数年出稼ぎに出て稼ぎは上がったとはいえ、果たして俺の入学費用と依頼報酬及び頭金なんて高額な金を用意できたのか?
 我が家は普段から豪勢な暮らしとは無縁だったが、同時に節制をしていたような節も見られなかった。
 グウェスよ、何か怪しい仕事でもしてたのか?この金は本当に綺麗な金なのか?
 まあ、あのグウェスに限ってそんなことはないだろうが。
 ----
 ギアサは想像よりも賑わっていた。
 たしかに街としては特別発展しているわけではないが、村とは人々の活気が段違いだ。
 シャッター街とデパートくらい違う。
 前世では当たり前だった光景が、今世では十年ぶりだ。
 少し感動すら覚える。
 角は隠さないでおくことにした。
 変に隠し後からバレるくらいなら、初めから魔族であるということにしたのだ。
「街は初めてかしら?迷子にならないよう離れないで」
 ゼールの後ろをくっつくようにして歩くこと20分。
 ギアサの中心にギルドは位置していた。
 丈夫そうな石材造りで、ちょっとしたレストランくらいのサイズの建物の背後には、グラウンド程の大きさの広場が見える。
 冒険者ギルドとデカデカと掲げられた看板の下をくぐり中に入ると、10m程先に木製のカウンターがあり受付の女性が三人立っていた。
 ギルド内は明るめの照明で照らされており、二十人近い冒険者が左右の壁に貼られている依頼に目を通したり、中央付近に置かれている机で酒らしきものを煽ったりしている。
 モン◯ンみたいだな、どこの世界でもギルドってのはこんなものなのか?
 なんて考えていると、「こっちよ」とゼールに連れられて真ん中のカウンターへ進む。
「ゼール・アウスロッドよ。依頼の対象を連れてきたわ。ほら、自己紹介して」
「あ、えと、ライル・ガースレイです。父のグウェス・ガースレイから依頼が出ているかと」
「はい、ありがとうございます!数点、確認を取らせて頂きます。まず、お母様のお名前をお願いいたします」
 心臓がキュッとなる。
 あの日のことがフラッシュバックし、呼吸が少し荒くなる。
「あの、いかがされましたか?」
「っ、いえ何でも。母はサラ・ガースレイです」
「はい、ありがとうございます。続いて、ライル様の生年月日をお願いいたします」
「人魔歴十年九月六日です」
「はい、確認できました。最後に、ライル様が初めてお父様から教わった魔術をお願いいたします」
「岩の槍です」
「はい、全ての要項を確認できました。これにより、ライル様ご本人と認証し、ゼール様の正式受諾となります!こちらは依頼主様よりお預かりしていた頭金となります」
 受付の女性がニッコリと笑いかけながら、巾着袋程の袋をゼールに手渡す。
「それでは、改めましてご説明させて頂きます。今回の依頼はライル様を、アトラ王国王都アトランティアの冒険者ギルドまでお連れすることが達成条件となります。期限は本日より二年内、条件はライル様のご存命となります。また、道中の移動手段やパーティーメンバーの増減は自由となります。達成報酬は当ギルドがお預かりしているものを王都アトランティアまで輸送致しますので、依頼達成時にお受け取り下さいませ。何かご不明点等はございますか?」
「いえ、私は大丈夫よ」
 ゼールはチラッとこちらを見て「あなたは?」と問いかけてくる。
「あの、父は今どこにいるかなんて分かりませんよね?」
「申し訳ありませんが、存じかねます」
「いえ、とんでもないです。こちらこそありがとうございます」
 あわよくば、グウェスに会って村の悲劇を直接伝えたかったのだが。
 幸い、ここには冒険者が何人もいるしその人たちに聞けば何かわかるかもしれない。
「それでは、ご武運を!お気をつけていってらっしゃいませ!」
 丁寧なお辞儀と共に送り出される。
「ゼールさん、ここにいる人達に父の居場所を聞いてみても?」
「構わないわ。ただし、明後日には街を出るからそのつもりでね」
 許可をもらい、真ん中のテーブルにいた男女に声をかける。
「こんにちは、ちょっと聞きたいことがあるんですが……」
「あぁ?なんだぁ坊主、迷子かぁ?」
 酒臭っ!真っ昼間から酔っ払ってんのか?
「えーっと、この街に魔物や魔獣討伐で出稼ぎに来ている人達がいるって聞いたんですけど、どこにいるか知りませんか?」
「んなもん聞かれてもなぁ、おいっ!何か知ってるかぁ?」
「いちいち叫ばないでよ!聞こえてるから!っと、ごめんね〜こいつ酔っててさ!それで?討伐隊の人達の場所だったよね。確か、四日前に東の森に向かって出発したって話だったかな?ここからだと二日はかかるよ〜」
 どうやら入れ違ってしまったようだ。
 今から追いかけても追いつけそうにもない。
「そうですか、ありがとうごさいます。助かりました」
「いいっていいって!また何かあったら遠慮せず聞いてね!」
「ヒック!そういやあよぉ、そっちの姉ちゃんが持ってる杖、なぁ〜んか見たことあんだよなぁ」
 酔った男がそんな事を呟いて、後ろにいたゼールを指さした。
 言われてみると、ゼールが持っている杖は特に目を引く造りだ。
 他の冒険者達の杖はどれもシンプルな作りで、持ち手等の部分が一般的な木製、杖の先に付いている宝石も赤や青、緑や黄色のいずれか一色のみだ。
 ところが、ゼールの持つ杖は杖の先のガラス玉にそれらの宝石が各色一つずつ収められており、杖の部分も純白に仕立て上げられている。
 神秘性すら感じさせる作りだ。
「|四元《しげん》の杖」
 振り返ってゼールを見ていた俺の後ろ。
 つまり今話していた机の男女の後方より、一人の男が声をあげて前に出てくる。
 The冒険者のような動きやすそうな服装に緑色のマントを羽織ったメガネの優男。
 手には他の冒険者達が持つような一本の杖を持っており、先端には青色の宝石がはめられている。
「まさか、こんなところでお目にかかることが出来るとは思いもしませんでした。その四元の杖、『|全一《オールワン》』のゼール・アウスロッド殿でお間違いありませんね?」
「……貴方は?」
「失礼しました、僕はミルゲン。Aランクの冒険者をしています。」
『|全一《オールワン》』。
 ゼールはそう呼ばれてから明らかに不機嫌そうにしている。
 それよりも、その単語を聞いてから周りが少しざわつき出した。
 さっきまであれだけ酔っ払っていた男も盃を置いてポカーンとしている。
「それで、何か御用かしら?」
 その言葉には敵意すら感じられた。
 ミルゲンはブルッと身を震わせた後に意を決して
「お手合わせを、お願いできませんか?」
「嫌よ。私に何の利益も無いわ」
 一蹴。
 取り付く島もない。
 ていうか、急に手合わせってどういう事だ?
『全一』という称号を聞くに、ゼールが只者では無いことは間違いないだろう。
「そうですか、残念です。出来れば手荒な真似は避けたかったのですが……」
 ミルゲンはそう言い俺の方を向く。
「|水飛沫《スプラッシュ》」
 そう呟くと同時に、男の杖の先から弾丸のようにいくつもの水滴が俺めがけて飛んでくる。
「は?」
 水性五級魔術の一つ、|水飛沫《スプラッシュ》。
 俺が使ったところでせいぜい水遊びには強すぎる|飛沫《しぶき》を出す程度の魔術。
 だがミルゲンの放った飛沫はそんなちゃちなものではなかった。
 直撃すれば打撲、下手すれば骨折してしまう程の威力はあるだろう。
 そんな凶器が唐突に俺目掛けて襲ってくる。
 避けることも出来ないまま両手で顔を覆う。
 ガガガッ!!っと音を立て、飛沫は俺の目前で壁に阻まれた。
 薄緑色をした半透明のガラス板。
 そんな板のような、壁のようなものが俺の30cm程先に出現していた。
「……なんのつもりかしら?」
 ゼールから先程とは比べ物にならない敵意と怒りが放たれる。
 ミルゲンの顔からはみるみるうちに冷や汗が滲み出るが、毅然とした態度で言い放つ。
「何度でも言います。手合わせを、お願いします」
 彼の要望は変わらなかった。
 この優男、マジでそれだけのために俺を撃ったのか?
「ちょっとちょっと!!お客様方!ギルド内での乱暴はおやめ下さい!これ以上は修練場でお願いします!言うことを聞いていただけない場合は罰則を科しますからね!」
 慌てた様子でカウンターから受付嬢が飛んでくる。
 周りの冒険者も突然の騒動に困惑しているようだ。
「まだ聞き入れては頂けませんか?」
「…………ハァ、いいわ、付いてきなさい」
 そう言ってゼールは受付カウンターの左側、壁に備え付けられたギルドの外に通じるドアへと向かう。
 俺の前に存在していた壁は音もなく消え去る。
 俺とミルゲン、その他の野次馬たちも後に続く。
 ドアの先はギルドの側面に通じており、中庭に出るような造りになっていた。
 中庭と言ってもその大きさは学校のグラウンド程もある。
 なるほど、外から見た時にバカでかいグラウンドがあると思ってはいたが、ギルドの修練場だったのか。
 周りには木剣や槍、馬具のような物が散らかっている。
 野次馬の俺たちから少し離れた先で、ゼールとミルゲンが相対する。
 少しの沈黙の後に、先に動いたのはミルゲンだった。
「|水刃《アクアカッター》!」
 鉄をも切り裂く水の刃。
 俺があの夜、龍に放ったものよりも遥かに強力な一撃。
 それに対してゼールは一言。
「|防壁《プロテクション》」
 ゼールの目前に、先程見た薄緑色の半透明な壁が出現する。
 壁に接触した刃はヒビすら入れることも叶わず、水滴となり滴り落ちる。
「流石ですね、ではっ!|水砲弾《アクアキャノン》!」
 続けて繰り出されたのは大質量の水の塊。
 直径5mはあろうかという巨大な水塊が、標的を押しつぶさんと真っ直ぐに飛ぶ。
「|火柱《フレイムピラー》」
 淡々と。
 巨大な火柱が立つ。
 大火力の火柱は容易く水塊を飲み込み、瞬く間に水蒸気へと変換する。
「ッ!こうも簡単に……」
 ミルゲンの冷や汗は止まっていない。
 それどころか、顔色は悪くなっていく一方だ。
 ミルゲンは、俺の見立てでは決して弱くはない。
 対人戦はもってのほか、魔物とのまともな戦闘も経験していないが、そんな俺が見てもミルゲンは強いとわかる。
 放つ魔術は俺よりも高威力かつ精度や速度、全てにおいて上回っている。
 そんなミルゲンが圧倒されている。
「もう終わりかしら?」
「…………次で最後です。貴方相手に、数を撃っても仕方がありません」
 そう言って目を閉じ、数秒集中すると、みるみるうちに男の魔力が高まっていく。
「殺す気で、いきます」
 唱えられた魔術は後に知る、一級魔術。
 各元素魔術の一級魔術は、扱えることによって初めてその元素を完全に習得したとされる高み。
 殺す気で、とは比喩等の例えではなく本気の発言だったのだろう。
「|水龍咆哮《アクアシュトローム》ッ!!」
 ダムの|堰《せき》を切られたように、|水砲弾《アクアキャノン》とは比較にならない水量が中空より出現しゼールを襲う。
 その圧倒的質量は人体はおろか、鉄筋コンクリートの建物すら砕き、この街ならば瞬く間に飲み込んでしまうことが可能だろう。
 しかし、そうはならなかった。
「素晴らしい研鑽ね。私も、応えましょう。
 |罪業の炎《ギルフレア》」
 炎が生まれる。
 黒と青が混じったような、全てを焼き尽くさんとする業火。
 炎はゼールから放射状に広がり、水流をせき止めたさきから蒸発させていく。
 凄まじい熱気に、離れて見ているこちらまで汗が噴き出る。
(あの質量で放出される水を瞬く間に蒸発させていくなんて、なんつー火力だよ!!)
 吹き荒れる熱気から守るようにして両手で顔を覆う。
 数秒。
 熱気が治まり、視界の先にはミルゲンが膝をつき体全体で息をしている。
「カッ……!ハァッハァッ!!」
「見事な腕前だったわ。ただし、場所は選びなさい。力には使い時があるわ。それを肝に銘じ、精進なさい」
「ありっ……がっハァッ!ござい……」
 そこで男の意識は落ちた。
 恐らくは魔力切れだ。
 ゼールは何事も無かったかのようにこちらへ歩いてくると
「ごめんなさいね、行きましょう」
 簡潔に、それだけだった。
 ゼールの力は計り知れなかった。
 汗の一滴はおろか、疲れた様子は微塵もない。
 おそらく、もっと簡単に、もっと効率的にミルゲンに勝つことが出来ていた。
 それをあえて後手に回り、周囲に被害が出ないように立ち回ってみせたのだ。
 俺の中で、目覚めたあの日から抱いていた考えに火が点いた。
「あの!」
 ゼールが何事かと振り返る。
「俺を、俺を弟子にして下さい!」