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ー/ー



「眠れない?」
「なんか、目が冴えちゃったかも」
「じゃあ子守唄でも弾いてやろうか」
「ピアノ? 聴きたい」
 
 メガネをかけて、もそもそとベッドを出る。

「え、ベッド出るの?」
「だって、近くで聴きたい」
「すげぇガッツリ聴く体勢じゃん。子守唄になんねぇな」

 桔平くんは、キッチンカウンターのスツールを電子ピアノの横に置いてくれた。嬉しいな。やっと桔平くんのピアノが聴ける。

「なにかリクエストある?」
「うーん……いまの雰囲気に合うような曲」

 部屋の照明は、ピアノの周りだけをほんのり照らしている。桔平くんはしばらく宙に視線を向けてから、音を奏ではじめた。

 とても優しくて、ゆったりとした曲。聞いたことがある。作曲者は思い出せないけれど、確か「月の光」だっけ。なんだか幻想的で、桔平くんのアンニュイな雰囲気とマッチしている気がする。

 澄んだ旋律に合わせて揺れる体も、音を沁み込ませるように時折閉じられる目も、鍵盤の上を滑る長い指も。すべてが息を呑むくらい美しくて、全身に何度も波が襲ってくる。ちょっと涙も出てきた。

「どうした? 寒い?」

 演奏が終わったあと、体を震わせる私を見て、桔平くんが心配そうに言った。

「ううん、ちょっと鳥肌が……すごく綺麗で、感動して」
「電子ピアノだけど、結構いい音だろ」
「ねぇ、もっと聴きたい」
「寝なくていいのかよ」
「今後は、ちょっと激しめの曲聴いてみたい」
「激しめ~?」
「なんかこう……アツい感じのやつ」

 私のざっくりとしたリクエストに一瞬考えを巡らせた後、桔平くんはまた鍵盤の上に両手を添えた。

 今度は最初から、縦横無尽に指が滑る。特に左手の動きがとても速い。でも1音1音が正確に刻まれて、美しい旋律を奏でている。

 聴いたことはあるけれど、曲名は知らない。すごく情熱的で激しくて、怒りとか苛立ちのようなものを感じる曲。あまりの熱に、聴き終わると思わず拍手してしまった。

「すごい、ものすごくかっこよかった。いまのは、なんて曲?」
「革命のエチュード。ショパンだよ。さっきのは、ドビュッシーの月の光」
「桔平くん、ピアニストにもなれるんじゃないの?」

 音楽には詳しくないけれど、桔平くんのピアノにはすごく心を揺さぶられる。演奏技術だけじゃない。桔平くんの感情が伝わるというか。語彙力がない私には、上手く表現できないけれど。
 
「オレのピアノは、誰かに聴かせるためって感じじゃねぇからな。でも愛茉が初めてだよ。聴いてもらいたいって思ったのは」

 あ、また波がきた。桔平くんが大好きっていう波。体がむずむずしてくる。だってこんなこと言われたら、過去の誰よりも私が特別なんだって思っちゃうじゃない。

「あのね。私、桔平くんの見た目が好き」

 むずむずに耐えられなくて、思わずそう口走っていた。


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「眠れない?」
「なんか、目が冴えちゃったかも」
「じゃあ子守唄でも弾いてやろうか」
「ピアノ? 聴きたい」
 メガネをかけて、もそもそとベッドを出る。
「え、ベッド出るの?」
「だって、近くで聴きたい」
「すげぇガッツリ聴く体勢じゃん。子守唄になんねぇな」
 桔平くんは、キッチンカウンターのスツールを電子ピアノの横に置いてくれた。嬉しいな。やっと桔平くんのピアノが聴ける。
「なにかリクエストある?」
「うーん……いまの雰囲気に合うような曲」
 部屋の照明は、ピアノの周りだけをほんのり照らしている。桔平くんはしばらく宙に視線を向けてから、音を奏ではじめた。
 とても優しくて、ゆったりとした曲。聞いたことがある。作曲者は思い出せないけれど、確か「月の光」だっけ。なんだか幻想的で、桔平くんのアンニュイな雰囲気とマッチしている気がする。
 澄んだ旋律に合わせて揺れる体も、音を沁み込ませるように時折閉じられる目も、鍵盤の上を滑る長い指も。すべてが息を呑むくらい美しくて、全身に何度も波が襲ってくる。ちょっと涙も出てきた。
「どうした? 寒い?」
 演奏が終わったあと、体を震わせる私を見て、桔平くんが心配そうに言った。
「ううん、ちょっと鳥肌が……すごく綺麗で、感動して」
「電子ピアノだけど、結構いい音だろ」
「ねぇ、もっと聴きたい」
「寝なくていいのかよ」
「今後は、ちょっと激しめの曲聴いてみたい」
「激しめ~?」
「なんかこう……アツい感じのやつ」
 私のざっくりとしたリクエストに一瞬考えを巡らせた後、桔平くんはまた鍵盤の上に両手を添えた。
 今度は最初から、縦横無尽に指が滑る。特に左手の動きがとても速い。でも1音1音が正確に刻まれて、美しい旋律を奏でている。
 聴いたことはあるけれど、曲名は知らない。すごく情熱的で激しくて、怒りとか苛立ちのようなものを感じる曲。あまりの熱に、聴き終わると思わず拍手してしまった。
「すごい、ものすごくかっこよかった。いまのは、なんて曲?」
「革命のエチュード。ショパンだよ。さっきのは、ドビュッシーの月の光」
「桔平くん、ピアニストにもなれるんじゃないの?」
 音楽には詳しくないけれど、桔平くんのピアノにはすごく心を揺さぶられる。演奏技術だけじゃない。桔平くんの感情が伝わるというか。語彙力がない私には、上手く表現できないけれど。
「オレのピアノは、誰かに聴かせるためって感じじゃねぇからな。でも愛茉が初めてだよ。聴いてもらいたいって思ったのは」
 あ、また波がきた。桔平くんが大好きっていう波。体がむずむずしてくる。だってこんなこと言われたら、過去の誰よりも私が特別なんだって思っちゃうじゃない。
「あのね。私、桔平くんの見た目が好き」
 むずむずに耐えられなくて、思わずそう口走っていた。